夢小説(トリブラ) gimmick(教授) ※主人公が長生種設定です。養父名字が主人公の名字になります。 「ふむ、急がねば遅れてしまう。僕とした事が思わぬ事で手間取ってしまった。」 待ち合わせ時間が迫る事を知らせる文字盤を見つめ男は足を早めた。 その足が止まったのは、道のど真ん中で地図を回す少女の姿を見つけたせいだ。 ガックリとうなだれた背中に重そうな影を背負い地図とにらめっこをしている。 艶やかな髪、黒を基調とした衣服。その傍らには、ヴァイオリンケースが置かれていた。 音楽家の卵を思わせる姿だが、今の時間を考えるなら正直異様である。 しかし、あの様子から察するに迷子である事は間違いない。 待ち合わせの時間は迫っているが、困っている少女を放置していけるほど彼は冷たくはない。 「失礼だが、レディ。その地図は逆さまではないかね?」 やんわりと告げた言葉に少女は振り向く。 まるで迷子が母親を見つけたような表情を浮かべた少女は、地図を向け呟いた。 「この場所に行きたいのじゃが、道を教えてもらえぬか?」 微笑んだ少女の唇から零れた牙。 「失礼だが、アサヒ・ハウンド卿かね?」 「む、余の名を知っておる汝はもしや派遣執行官殿か?」 きょとんとした表情を浮かべた少女に男はにこやかな微笑を浮かべた。 「僕は、ウィリアム。ウィリアム・ウォルター・ワーズワースだ。よろしく。」 「良かった。会えぬのではないかと心配しておったのだ。」 ほっと息を吐き出し、少女は躊躇いがちに呟く。 「あー…ウィリアムと呼んでも良いかの?」 その言葉に頷けば、アサヒは幼さの残った顔立ちに愛らしい微笑を浮かべた。 まだ少女の域を脱していない彼女は、覚醒の時期が早かったのだろう。 「余はアサヒ・ハウンド。真人類帝国(ツアラ・メトセルート)にて血液製剤の管理を行っておる。」 帝国に住まう長生種の命を預かっている少女は、誇らしげに微笑んだ。 「この度の協力、感謝いたします。カテリーナ・スフォルツァ殿」 ぺこりと頭を下げる仕草は、幼い容姿に不釣り合いなほど整っていた。 まるで教本のお手本にでもなりそうな仕草、それに対し不慣れなのか彼女の言葉は少しぎこちない。 どんな者が来るのかと思えば、子供ではないか。 そんな胸中の言葉などおくびにも出さずカテリーナは儚い微笑を浮かべる。 その笑みを見たアサヒは、ふわりとした幼い微笑で答えた。 鉄の女などと言われておるが…なんとまぁ、美しい。 慈愛にも似た笑みを浮かべた女に、帝国唯一のあのお方もこのような微笑を浮かべ子らと話されるのであろうかとそんな事を考える。 「…遠路はるばるご足労をおかけました。アサヒ・ハウンド卿」 涼やかな声は夜の静寂を乱す事なく凛と響き渡る。 カテリーナの形式めいた挨拶に答えようとしたアサヒの前に白い尼僧服を纏った女の姿が浮かび上がった。 背景を透かした女の登場にアサヒがポツリと呟く。 「立体映像(ホログラム)…」 その声でこちらの存在に気づいたのか女が振り返った。 ぎょっとしたような表情の後、困ったように視線をさまよわせる。 「何事です?」 うろたえた尼僧にカテリーナは、感情のこもらぬ声を出した。 『その…連絡が入りまして護送予定のヴァンパイアが衛兵の隙を見て…逃げ出したと。』 「なんじゃと!?」 部下の失態の報告にいち早く反応したのは、そのヴァンパイアを引き取る為だけに帝国から呼ばれた少女だ。 幼い顔いっぱいに不愉快そうな色を乗せた少女に尼僧は目を伏せた。 次の瞬間に訪れるであろう叱責の嵐は、本来彼女が受けるものではない。 少しだけ、失態をおかした職員を恨んだ彼女の耳に届いたのは、想像よりずっと落ち着いた声だった。 「それで、衛兵は無事なのか?」 『え…?』 「え?ではなかろう!無事なのかと聞いておるのだ。」 『軽症ですわ。問題ありません。』 「…そうか。良かった」 ほっと息を吐いたアサヒにケイトは驚いたような表情を浮かべる。 てっきり、罵詈雑言が飛び出すものと思っていたのだが…。 「…なんじゃ、その顔は…。余が汝の仲間を案ずるのはおかしな事か?」 『い、いえっ…』 ぶんぶんと頭が取れそうな勢いで首を振りアサヒの言葉を否定してからケイトは微笑んだ。 その微笑に満足したのか、アサヒはそれ以上追求せずにカテリーナを見据えた。 「…して、どうなさるおつもりか?」 アサヒの声は、生徒が教師に問うような無邪気なものだった。 「派遣執行官とは大変なものじゃの。」 左手で男の手を引きながら、市内の屋根を飛び回る少女は呟いた。 「アサヒ・ハウンド卿、ご協力感謝します。」 恭しいウィリアムの言葉にアサヒは笑う。 「アサヒで構わぬ。して、次はどこが怪しいのじゃ?」 「ふむ、恐らく仲間と合流をするだろうからたまり場となっているこの酒場が怪しいね。」 「わかった。案内を頼むぞ、ウィリアム」 ダンッと屋根を強く蹴りアサヒは空へと身を投げる。 黒いコートをはためかせた少女はその小さな体で男の体を浮かす。 「…そ、空の散歩とは…なかなか粋だねッ」 ウィリアムの言葉にアサヒは明るい声で笑った。 「そうじゃな。夜明けも近い、急ぐぞ!」 「…ヴァチカンの馬鹿どもに捕まるなど恥曝しも良いところだ。なぁ、アラック」 馬鹿にするような男の言葉に名を呼ばれた男は舌打ちを漏らした。 「お前に言われずともわかっている。」 憎悪のこもったアラックの声に男はクスクスと笑った。 「まぁ、そう怒るなよ。ちょっとした冗談だ。これでも飲んで落ち着けよ。」 トンっとグラスに満ちた真紅の液体を勧めた男にアラックはゆっくりと息を吐く。 ほどけていく緊張 気を張っていた神経を休ませた彼等の耳に高い少女の声が響いた。 「見つけたぞ!アラック、ロゼ!武器を捨て降伏するが良い!」 窓ガラスを蹴破って侵入した少女は白い顔を紅潮させ吠える。 少女の声にアラックとそばに立つ男、ロゼはポカンとした顔を浮かべてから自分より小柄な少女を見つめ笑い出した。 「ずいぶんと愛らしい追っ手だな。お嬢ちゃん、子供はもう寝る時間だぜ? 」 「余に喧嘩を売るとは良い度胸だ。余は短生種(テラン)と長生種(メトセラ)にかける慈悲はあれど、吸血鬼(ヴァンパイア)にかける慈悲など一片たりとも持たぬぞ!」 愛らしい唇から鋭い声を飛ばし、アサヒはヴァイオリンケースを向ける。 「何だ、1曲弾いてくれるのか?」 「歌うのは貴様等だ」 ガシャンッとヴァイオリンケースから響くとは思えない音を鳴らし、ケースから黒い筒が顔を出す。 「照準完了」 ピピッという小さな機械音 続いて響いたのはマシンガン並の勢いで吐き出された弾丸のメロディーだ。 「こんなモノで俺らが止められると思ってんのか?!」 そんな声とともにかき消えたロゼの姿にアサヒは顔を歪めた。 「加速(ヘイスト)」 一瞬で背後に回り込んだ男の影、アサヒが銃口を向けるより早く涼やかな声が響く。 「アサヒ、伏せていたまえ!」 紳士の警告とともに、青い光がほとばしった。 彼の持つステッキの先端から吹き出した火炎は、ロゼの体を焼きアサヒに肉薄していたアラックの体を掠める。 「うわっ…」 目の前で繰り広げられたステージにアサヒは唖然とした顔をウィリアムに向けた。 「これが偉大な科学の力さ。」 誇らしげなウィリアムの言葉にアサヒは、素敵なものを見つけた子供のような顔で微笑んだ。 「ワーズワース神父、お手紙が来ていますよ。」 にこやかな尼僧の言葉に教授は走らせていたペンを止め顔をあげる。 「素敵なお手紙ですね。」 そんな言葉とともに渡された手紙には、お世辞にも綺麗とは言い難い少し歪んだ文字が並んでいた。 書き慣れていない事が誰にでも読み取れる事から、差出人を幼い子供と判断したのだろう。 「あぁ、本当に素敵な差出人だ。」 パイプをくわえて笑う教授の言葉を背中で聞きながら尼僧は笑みを深めた。 パタリとドアが閉まった事を確認してからペーパーナイフを滑らせる。 白い封筒に納められていた同色の便箋には、近況報告がやはり歪んだ文字で綴られていた。 『次は帝国へ遊びに来るが良い!余が直々に案内してやろうぞ。相棒(トヴァラシュ)よ!』 彼女らしいお誘いの下に、小さな主張。 『余のヴァイオリンの追加装備も増えた。次に会う日を楽しみにしておれ。』 どんな顔でこの手紙を書いたのか、容易く想像出来た教授はクスクスと笑う。 「さて、どんな返事を書こうかな。」 どんな研究よりも興味深い少女の姿を想像しながら、ウィリアムは美しい字を白い便箋に刻む。 手紙に込められた密かな思いに気づく事を期待して。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 終 メトセラヒロイン夢を書きたくなり、空と闇色に出てきた過去話を書いてみました。 アサヒさんお付き合いありがとうございました。 [*前へ][次へ#] [戻る] |