終わらない宴を始めよう
ぽかり、と望美は目を開けた。
開いたばかりの目に飛び込んでくる光はまろやかで優しい。
風のざわめき、鳥の歌声、草木の擦れる音が、聴覚も優しく目覚めさせた。
どうやら草原の上に寝ていたらしい身体を起こし、ぐるり、と辺りを見回した。
見覚えのある、この地、は。
「やぁ、久しぶり」
背後からかかった声に、ゆっくりと振り返る。
案の定、そこには望美の知った顔が立っていた。
女性とまごうばかりの麗しいかんばせ、長い黒髪を風にあそばせるひと。
もうひとり、いっかな消えようとしない眉間の皺を珍しく和ませて佇む、王の風格を漂わせる、ひと。
「お久しぶりです。……北斗さま、南斗さま」
座ったまま軽く会釈をすると、南斗はにっこりと笑った。望美の傍らまで草をかきわけやってくると、ちょんと腰をおろす。
北斗はその場を動かなかったが、わずかに目元を和ませたのがわかった。
「おつかれさま。ぜんぶ、終わったんだね?」
確認するような問いかけに、望美ははい、とはにかみ頷いた。
「随分、早かったな」
北斗の淡々とした声音に、望美は微苦笑を浮かべる。
「神様の感覚ではそうかもしれないですね。でも、……けっこう、かなり、かかっちゃいました。ここまでくるのに」
「そうなの?」
ボクはさぁ、と、南斗は望美の頭を撫でた。
「キミを随分待ってたけど、……でもやっぱり、早かったんじゃないかなぁと、思うんだよ」
優しい声音。いたわってくれる2人の言葉に、望美はくしゃりと顔を泣き顔に歪めた。
「南斗さま、北斗さま、私、わたし……」
声まで泣き声に沈む、そんな望美を南斗は頭から抱え込むように抱きしめる。
顔に押し付けられた南斗の着物からは、優しい香の薫りがした。
「キミは、よく頑張ったよ。タダビトなのにね。だからボクたちはキミを歓迎するよ。好きなだけ羽根を休めればいい」
「南斗さま……」
それに、と、南斗はいたずらっぽく笑う。
「キミのこと、どうせ彼らは追ってくるよ。キミがここにいるって、そのときが来たら必ず気づく」
それは、八葉のことを言っているのだと、望美は気づいた。
うつしよに、置いてきてしまった仲間たち。
こちらにこなくていいと思うのと同じくらい、また会いたいと強く強く願ってやまない。
「こんどは、朔も来てくれるかな……」
「キミが望み、そして彼女も望むなら」
「だが、どうせお前は望まぬのだろう。あまり早く、仲間が来ることを」
北斗の言葉に、はい、と泣き笑いの表情を浮かべる。顔は南斗の腕の中だったけど、きっと2人は気づいているのだろう。
望美の気持ちに。
「生きていて欲しい。勝ち取った、みんなの大切な命だもの……」
「……まーったく、キミってひとは、何年たっても相変わらずですねぇ」
「だからこそ、その姿でこちらに来たのだろう。初めてこの世界に来たときと、いっかな変わらぬ」
北斗が指摘したとおり、南斗が撫でる背には陣羽織の文様か広がっている。
服だけではない。滑らかな肌、風に揺れる紫苑の長い髪。
何年もたって年老いたはずの望美がとる、若々しかったころの姿形。
「ボクは、貴女のおばぁちゃん姿だって好きだけどなぁ」
「そうなんですか?」
「うん。だって、何年経ったって、瞳の力強さは変わらなかったからね」
南斗は立ち上がった。南斗の腕にひかれるようにして、望美も立ち上がる。
にっこり笑って、南斗は恭しく告げた。
「ようこそ、麗しの貴女」
END
20110611
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