紫陽花 1 窓際の席について鞄をおろした。 金井は無造作に僕の前の椅子を引き、そこに座る。 …金井のほんとの席は一番前なんだけどね。 あれれ? ふと横に目をやって気づいた。 いつのまにか恵ちゃんがいない。 あるのは鞄だけ。 さっきまでここで書類みたいなの見てたはずなのに…。 また先生に呼ばれたのかなぁ。 生徒会長ってほんと大変だ。 あ、わかったかもしれないけど、ぼくの隣は恵ちゃんなんだよ。 席替えはくじ引きだけど、かなりの確率で僕らはお隣りさんになるんだ。 「なー、花宮ー」 「なぁーに?」 金井が間延びした喋り方をしたから、ちょっと真似てみる。 「今日も【あの御方】と学校来たー?」 「うん。」 金井の言う【あの御方】っていうのは恵ちゃんのこと。 恵ちゃんにはたくさんの呼び名があるんだ。 あの御方、会長様、藤堂様、藤の君、…このほかにももっとたくさん。 すごいでしょう? 「すっげえ…【あの御方】と何か話した?」 金井は目を輝かせて聞いてくる。ヒーローを見つめる子供とおんなじ、きらきらした純粋な目。 「ん、ふつうにお喋りしながら来たよ。」 その姿に、ふふっと笑いながら答えれば、金井はいいなーって言って口を尖らせた。 恵ちゃんはすごい。 綺麗でかっこよくって、憧れるのもほんとにわかるよ。 でも。 でもね。 その呼び名じゃ、なんだか遠くて、まるで恵ちゃんが知らない人みたいで…、少し寂しいなぁと思ってしまうんだ。 [*前へ][次へ#] [戻る] |