てのひら
ただ影を追いかけただけ
影踏みするみたいにその背中を追いかけてて。
伝えられるはずもない、口に出すこともできない想いを、繰り返し心の中で呟き続けるだけで。
(好きだよ)
目の前の背中を見ることすらおそれおおいような気がしてしまって、近寄れなくて、でも離れることもできなくて、だからいつも、影ばかり追いかけてて。
(好きなのに)
距離が縮まる気が、しなかった。
帰り道を、一緒に歩く権利は持っている。なのにいつでも、隣を歩く勇気がなくて。
「花見行く?」
「あ……うん、」
慌てて顔をあげると、彼がこっちを振り返っていた。
「行きたくねェの」
「えっ、行きたいよ!」
「あ、そ」
私が慌てて答えると、満足げに呟いて、彼はまた、先に立って歩き出す。私はまた、影を追いかけて、歩く。
「さくら好きなの?」
「フツー」
「そうなんだ」
「でもおまえ好きそう」
「うん好き!」
そんなふうに、学校のこととか話しながら、ゆっくり歩く。桜並木の堤防は、もうすぐだった。
時折、遅れてないか、ついてきているか確認するみたいに、彼の足はとまる。振り返る。その度に少しずつ、少しずつ、距離は縮まって行く。
顔見合わせてしまうとなかなか話せないけど、影に彼の表情を想像しながら話すのは、平気。
背中越しに小さく笑う気配がして、私は慌てて顔を上げた。
(見たかった、な)
(笑った顔)
そんな風に思ってると、ふっと彼の足が止まって、私はゆっくりとその隣に並んだ。
「じゃあ花見正解だな」
「え?」
「彼女サービス」
「!」
彼は軽く笑ってて、私は多分、真っ赤になってた。
「……なあ」
「え、」
「そろそろさー、隣歩かねェ?」
「えっ、」
彼から遅れよう遅れようとしたゆっくりの歩調に彼はぴったり合わせてきて、少しも距離が離れない。
彼は、意地悪そうに笑っている。
「大体なんでいつも後ろなんだよ」
「ききき緊張するからっ」
「その理屈じゃ勘弁できねェな」
「えっ」
「そのうち慣れンだろ、隣歩け」
「えええ……」
取り乱す私を見て、彼は小さく吹き出した。
「おし、行くぞ」
「は、はいっ」
「……ちから入りすぎ」
「だっていつもは影相手なんだもん!」
「だから慣れろ」
「うう……」
そんなに急に言われても、なかなか出来ることじゃない。すぐ近くに彼の体温があるのがわかって、左半身がぴりぴりしてる。
けれど、ゆっくりめの歩調で、隣を歩きながら見た桜は、すごくすごく、綺麗だった。
ただ
影を追いかけただけ
影だけでも充分幸せなのにね。
20130505
久しぶり過ぎてすみません…
ちょっとリハビリ的です。
春らしく甘く春めいたお話が書きたかったのですが、何だか……書いていて恥ずかしくなりました。お粗末様です。すみません。
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