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てのひら
惹かれた糸は、まっすぐにのびた

 適当にいつも、誰かがそばにいた。
 ずっとそばにいるやつは俺のことを大好きで、俺が新しい誰かをそばに置く度一人で泣く。
 そして俺は、俺なんか好きになるから泣くんだよ馬鹿、と心の中で笑ってばかりいた。
 それでも泣き腫らした目で、それでも馬鹿みたいについてくるんだ、ずっと。
 ――そう信じてたんだ、ずっと。

「省吾、」

 帰り道の途中、うしろからかかる声に振り返った。

「何だよ」

 細いからだ、長い髪。
 
(省吾、また、彼女、変えたの?)
(また、わたしの、せいなの?)

 顔を見ると反射的に思い出す。

(でも、……わたしも、ね、)
(裕(ゆたか)と、付き合うことに、したんだ)

 そしてふわりと笑う顔をみる度苛つく。

(だから……、いままで、ごめんね、)

 今までごめん、好きでいてごめん、迷惑かけてごめん。すべてを含んだその言葉に何の返事もできない俺に、ふっと笑いかけてから、沙也香は去った。言い捨てるようにして。
 それから一度も泣いた顔を見ない。ふわふわ、ふわふわ、目障りな裕の髪みたいに笑ってばかりいる。……そう、裕みたいに。

「一人なの珍しいから」

 今更気付いてもどうにもできやしない。

「……おまえがだろ、裕どうした」
「自主練してる」
「ふーん」

 人のものでも、奪ってしまえばいい。そんなことは百も承知で、けれど俺は出来ない。今までさんざん出来たことでももう出来ない。
 どの面下げてそれが言える?

(好きだ、)
(なんて、)

 泣き腫らした目を見ていれば安心した。手に入れるのは最後でいいと気を抜いていた。誰のものにもならないと勝手に決めて好きに放って置いた。邪魔にもした。別れる口実に使ってこいつがなんかされてようと助けもせずに嘲笑った。

(好きだ、)
(なんて、)

 ……こいつが泣かないなら女遊びも楽しめないのに。

「おまえ裕のどこがいいの」
「馬鹿なとこ」
「は?」

 おまえがいないとな、なんて科白で、
 おまえを信用してるから、なんて科白で、
 おまえいいおんなだよな、なんて科白で、

「馬鹿だから、女の子騙す知恵なんかないところ」
「……、それ……」

 期待させて、
 裏切って、
 また、期待させて。

 それを繰り返した俺に、今更、どんな顔で、どんな言葉で、言える?

(好きだ、)
(なんて、)

 ひどく強い瞳とぶつかり、俺はぞくりと背筋が冷たくなる。次の一歩が出なかった。

「馬鹿だから……、私がそばにいる限り、他の誰かを見るためにエネルギーなんか使わないところだよ、省吾」
「おま、え……」

 同じように立ち止まった沙也香から吐き出された声に、目が離せなくなった。
 笑っていた。けれど泣いていた。

「……俺は、」

 壮絶に美しいそれにめまいがした。

「おまえを……好きだ、」

 口をついて出た言葉に、ひどく素早い反射速度で、ぱァんと頭の中で音がしていた。……たたかれた、と気付くまでに少し、間があった。

「知ってる」

 こともなげにそう告げた沙也香の髪がさらりと目の前で風になびいた。
 こするように涙を拭くと、沙也香はまた、ふわりと笑った。綺麗に、綺麗に。

「……私も、ずっと、好きだった。好きだったよ、省吾」

 ――好きだった。
 好き、だった。
 二度繰り返された過去形に、俺は何一つ答える言葉を持たずに、瞳をそらして俯いた。

「さよなら、気を付けて、」

 かつん、とローファーのかかとを鳴らして、彼女は駆けていく。学校へと戻る道を。裕のいる場所へと。
 まっすぐに。

 俺はただ、見送ることしか、出来なかった。
 まっすぐに去っていく背中を追うことも出来ずに、ただ、見送る。
 まっすぐな、視線で。



20090926
企画「好きだ、」様に提出分を改稿



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あきゅろす。
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