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どちらが狡い? 1
「探偵さん!」
往来ですれ違いざまにかけられた声に、榎木津は慌てた仕草もなく、ひどく流麗に振り返って足を止めた。
声の主を榎木津が探そうとするより前に、制服姿の女学生がふわりと身軽に榎木津に駆け寄る。
「探偵さん、お出かけですか?」
現状、榎木津を「探偵さん」と呼ぶのは彼女しかいない。彼女の短めの髪の毛先が風に躍るのを見て取ると、榎木津は無遠慮にその頭に右手をのせた。
「女学生君じゃないかっ」
わははは、と笑いながら榎木津は彼女を軽く抱き上げる。彼女は、わあ、と榎木津の気に入りの悲鳴をあげた。
「いい悲鳴だッ」
「た、探偵さん! おろしてください!」
「なんでだ」
「み、みんな、見てます……!」
真っ赤な顔になった彼女がそう訴える。榎木津は悪戯げに笑んで答えた。
「別にいいじゃないか!」
「よくないですよ……っ」
彼女が泣き出す直前になって、榎木津は彼女をおろす。
紅潮したままの頬、かすかに潤んだ瞳のまま、女学生――呉美由紀は困ったような顔で、それでも榎木津に笑いかけた。
「こんにちは、探偵さん」
「こんなところでどうしたのだ!」
「あ、えと……少し用事があって」
美由紀の鞄をすっと奪い取って、榎木津は彼女の手を取る。美由紀はまた頬を染めたが、榎木津は気にしない。
「付き合ってあげよう」
「えっ?」
「用事があるのだろう! どこへ行くのだ!」
「あ、いえ……」
しかし美由紀は彼女らしくなく言い淀み、曖昧に笑んでから、付け足した。
「あの、もう、済んだんです」
その返答を聞くとほぼ同時に、鳶色の瞳が美由紀の視線より少しはずれた場所をとらえる。そこに映ったのは見慣れたビルと見慣れた扉、見慣れた下僕の面々だった。
「――僕を待たずに帰ってきたのか」
面白くない。
そう意識するより先に、声が憮然としている自分に榎木津は気付く。
え――、と、美由紀が呟く。
榎木津の「特技」を思い出した美由紀が、あ、とまた声を上げる。
「なんで待っていないんだ!」
「だ、だって、」
「だってじゃないッ」
「でも、探偵さん……」
「でもでもないっ」
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