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CHILD GARDEN
in the hands 1

 ――望んだものを、手に入れた。
 いつくしむことも、なぐさめることも、できないくせに。
 ただ、望んだ。
 ひどく、うしろめたかった。
 うしろめたければ、うしろめたいほど、甘美、だった。

Because that was the moment that I wished was in the hands

 今、暇ならさ、ちょっと、行ってもいい?
 それは、春休みの夕刻のことだった。そんな風に唐突に、甲斐が家に来るのは、それほど珍しいことじゃない。ちょっとこの問題がわかんなくて、とか、コンビニの帰りだよ、とか、そんな気軽さで、時々甲斐はここに来る。だから、ああうん、いいよ、と、軽く俺はOKを出した。
 誰にも見つからないように、誰かが家の近くにいれば素通りして、ここに着いたら、自転車をきちんと塀に囲まれた裏口まで入れる。
 ちゃらららららん、ちゃららららん、と、メロディでお客を知らせるベルが鳴る。でも来るのはわかってるから鍵はあいてる。父親も母親も、この時間にはまだいない。それを知ってるから、甲斐はベルを鳴らすだけ鳴らして、とっとと玄関の中へと入る。外にいる時間は、短い方がいい。
 多分甲斐はそんなことをしたくはなかったけど、それでも、俺が望むとおりに、からかわれないように、見つからないように、してくれた。

「ごめん圭司、急に」
「いいけど」
「映画の話、しなきゃって思ってて」
「あー、別に急がなくても良かったのに」

 甲斐が靴を脱ぐ。きちんと揃えてから、立ち上がる。
 今、ほとんど、目線は一緒だ。俺の背は、少しずつ、伸び始めていた。甲斐よりも。
 甲斐がこの家に慣れているように、甲斐がこの家にいることにも慣れている。甲斐は先に立って歩き出す。俺の部屋の場所も、とっくに知っている。前を歩くブラックジーンズ。
 部屋に入ると、甲斐はベッドに腰をかける。ベッドに座られる時点で意識されてないことはまるわかりだが、こちらはそうもいかない。かといってそれを伝えるわけにもいかない。常に平静を装うことしかできない。八つ当たり気分でどすどすと足音を立てて、自分の勉強机の椅子に、反対向きに座る。

「映画、将高、行けるって?」

 甲斐が、俯いて小さく首を横に振った。
 珍しいな、と思う。

「行けないの?」
「って言ってた」
「違う映画なら行くのかな、あいつ……」

 ため息を小さくついて、俺が言ったせりふに、甲斐が小さく笑った。
 その笑い方は、あんまり、気持ちのいい笑い方では、なかった。



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あきゅろす。
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