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短編置き場
金曜の夜 1

 バレンタインだから恋の歌限定ライヴとかしたい、と、ぽつりと呟いたのはおそらく神山だった、と春臣は思いながらギターを車からおろす。
 もともとは、第三金曜以外に顔を揃えることはなかったらしいフリーダムのメンバーだが、このところ幾つかの「お座敷」がたて続けに入っているせいもあって、ちらちらと他の場所でも会うようになっている。特にこの一週間は、急拵えのバンドのための練習に時間をとられていた。
 もっとも、春臣にしてみれば、割とフリーダムに参加し始めた当初から、こんな感じにあちこちのバンドやら何やらに体を貸していたので、今までは他で集まったことがない、ということの方が、信憑性に欠けていたのだが。

 金曜の夜、明後日のライヴを控えて、練習も大詰めだった。亜也子、倉見、高田、本橋という、クリスマスと同じメンバーでの演奏だったが、セットリストは全く異なる。
 練習の準備は出来ていた。けれど亜也子がまだ現れない。
 春臣は、ギターのチューニングがてら、アンプを通さないまま指慣らしをしていた。本橋も静かに鍵盤を叩いている。
 つよい勢いで、貸しスタジオの重いドアが開いた。亜也子か、と顔を上げたが、外で電話をしていた高田と倉見が戻ってきただけのようだった。

「ハル」

 高田の声に手を止める。

「はい? 何か手伝います?」
「いやこっちはいいんだけど、亜也子ちゃん来ないなと思って。おまえ何か知ってる?」

 春臣はいえ、と答える。

「俺、個人的には何の連絡もとってないんで」

 そう告げると、高田は納得したようで、ひとつ頷いて離れていく。倉見だけがそこに残った。かと言って何かを話すわけでもない。春臣は手持ち無沙汰になって、ギターをまた鳴らし始めた。
 春臣の指が動く度、ぺらぺら、と、アンプを通さないギターの音が鳴る。

「ハル」

 倉見の声がした。反射的に、春臣はギターを弾く指を止めていた。
 互いの視線がきちんと絡んだのを確かめるような間のあとで、倉見が口を開く。

「おまえまでそんなことやってんの」

 その声はひどく、つめたかった。
 春臣が一瞬、息を飲むほどに。

「おまえまで……亜也子ちゃんを放って置くなよ」

 つめたさはすぐに、消えた。かちりと音がして、倉見のくわえた煙草に火が点いた。春臣は答えず、じゃらんとギターの弦を撫でる。


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あきゅろす。
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