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短編置き場
爪痕 5

 ふられて、それで終わりになる程度に、遠い関係だったら良かったのに、と雅美は考える。その程度の関係であったなら、自分は今でもこんなところに座って生殺しの状況にあうこともなかっただろう、と、つい考えるのだった。
 他意のないドライブ。
 諦めたという科白を信じた圭祐。
 自分だけに圭祐が見せてくる懐こい笑顔。
 自分だけが知っている圭祐の過去。
 隣に座っても、握手以外手も触れない。
 その状況を、ずっと我慢することもなかっただろう、と、雅美は考える。
 この横顔を眺め続ける必要もないだろう、と、考える。
 考える……。
 車の中を満たすのは笑い声と和やかな会話。
 一点の曇りもない笑顔は、心とは裏腹、というには重過ぎるものだったが、けれど確かに、嘘はあった。曇りがないはずがない。そう、雅美は思う。
 それでも自分の顔がルームミラーにうつる度、サイドミラーにうつる度、笑っているだろうか、と雅美は確認してしまう。嘘でも何でも、笑う癖が付いたのは、圭祐に振られてからだ、と雅美は思った。
 成長なのか、退化なのか。答えは出ないまま、そのまま二年が過ぎて、雅美はまだ、圭祐の横顔を見つめ続けているけれど……。
 雅美の視線に気がついたのか、圭祐は悪戯好きの子供みたいに、けれど満足したように、そっと満面で笑った。そんな笑い方まで、そっくりだった。雅美の絶望は募っていくが、当の圭祐はまったく気付いていないのだろう。圭祐にとってみれば、雅美は、何から何までそっくりな、理想的な友人像であったのだから……。

「馬鹿やってたいな」

 しみじみと響く圭祐の言葉に、雅美は軽く笑って答えた。

「そうね」
「セブンティーン・ティル・アイ・ダイ、ってね」
「……かっこいー」
「馬鹿にすんなって」
「してないしてない」

 くすくすと笑い出した雅美に向かって、圭祐は少しだけ拗ねた表情を見せて、それから、少しだけ神妙な声で、告げた。

「おまえともさ」
「うん、こうやって、ずーっと、馬鹿やってられるんなら、それも、いいね」

 雅美は、圭祐の期待している言葉を、返す。
 結果の見えない天秤のように、常に揺れる心を、隠して。
 横顔を見つめてではなく、悪戯っ子の瞳で、圭祐にそっくりな笑みで、ルームミラー越しに圭祐に告げた。

「一緒に、ね」

 その科白に満足したように、圭祐は澄んだ音色で口笛を吹いた。
 ……照れているのかな、と雅美が気付くまでに、圭祐は3つの音を奏でていた。
 その、和やかな会話の中で、圭祐の横顔を見つめる雅美の顔は、女だった。そして、その頭の中にはいつも、同じ言葉がまわっているのだった。


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