短編置き場 爪痕 4 圭祐の呟く声と同時に、圭祐の左手が、雅美の右頬に軽く触れた。拳を形作った圭祐の手は、何の意識もなく、殴るふりという形で雅美に触れたが、雅美はその拳にさえ、心臓を高鳴らせる自分をもまた、自覚していた。 それでも雅美は、顔には出さなかった。 ただそれだけが一緒にいる術だったからだ。 共犯者とか悪戯好きな子供みたいな、にやりという笑い方も、かわいくない言動も、心臓の高鳴りも思いも圭祐に見せずにいることも。 「ぐっ、やられたっ」 「……馬鹿!」 「どうせね」 「……ちっくしょ、やっぱ全然変わってねえ」 「だから何が畜生なのよ、何が。……って、同じやり取りさせないでよっ、間抜けじゃないの!」 雅美の右手が圭祐の左腕を軽くはたいた。その一瞬に雅美が喜びを感じていないはずはなかった。 「やられたー痛えー」 「……馬鹿!」 あはははっ、雅美は、一息に笑う。そして、圭祐も笑った。雅美にそっくりな笑い方で、けれど幾分か低い声で。 「……お、同じやり取り、してんじゃんっ……」 笑ったままの息そのままで、少し苦しげに圭祐はそう言った。雅美も笑っていた。 「所詮、似たもの同士なのよね、結局……」 「……やだなあ、それ……」 「うん、ちょっとね」 そうして、顔を見合わせてまた笑った。似たような笑い方で、一息で。 ……同じ笑い方で、一息で。 その自分たちのやりとりと、笑い方が、おかしなものだとは雅美も思っていない。しかし、絶望的だ、と雅美は思っていた。 こんなに似ていて、こんなにお互いのことを知っていて、それは有利な条件なのだと、そう雅美はしばらくの間は、信じていた。……けれど、それは違う。結局、圭祐にとって雅美の存在は、自分をよく知っている友達で、そこで固定されたまま動かないものなのだと、気付いてしまっていた。笑い方も、リアクションもそっくりで、お互いの考えまでわかるような、過去をそっくり知っているような、そんな相手では、恋愛はできないのだと。 女にとっては簡単な、友達から恋人への飛躍は、男にとっては難しいことだと、前に告げられていた。 ……そう、二年も前に、知らされていたのだった。 おまえとれんあいは、できないよ。 ひろさわを、すきだし、いいやつだとおもうけど、 それでも、 おまえにこいはできない、 と、 圭祐は言ったのだった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |