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短編置き場
君がいとおしい 3

 しろいかおに、
 あかい、あかい、くちびる。

 詳しい理由は知らなかったが、何となく、なにものか男のせいなのだろうとは察しがついていた。
 絶対に家には送らせないことも、携帯電話を頻繁に見ながら、けれどどこか怖れて見える仕草も、カップルでもなんでもないのに、時折誰かの視線が気になるかのように腕をからめてみたり距離を縮めてみたりする行動も、なにもかもが、おかしかった。
 自分のことを好きではない男。だからこそ楽に便利に、一緒にいられる男。それが多分、俺だった。それだけが、俺の誘いを断らない、理由。

 綺麗な綺麗な、しろい顔と赤いくちびる。
 まるで、雪に散った紅色の椿のようで、いっそ踏み荒らしてしまいたくなるほど、美しかった。
 そう思うのは男の性か。

 けれど俺は多分、そうして踏み荒らされた今の彼女の美しさが、一番好きなのだ。自分で踏み荒らすほどの度胸はなく、踏み荒らされた花弁をかき集めて、大事に大事にまた花のかたちに整える、それが一番、性に合っている。

 終業のチャイムが鳴り、俺は本屋で待つ。彼女はすぐにきた。
 忠告通りに少し柔らかい色になったくちびるを微笑みの形にして、彼女は軽く右手をあげた。それを見て、俺は本屋を出て、彼女の隣に並ぶ。

「……手、つないでいい?」

 彼女の震える言葉に、言葉で返事をすることなく、当たり前に彼女の左手と自分の右手を繋ぎ合わせ、そして歩き出した。
 手が小さく震えていて、何だかそれがとても切なくて、つよくつよく握った。

「……いつも、ごめん」
「何が」
「彼女とか、いるんでしょう」
「いない」
「でも、こんなの、本当は……」

 彼女の語尾は弱々しく途切れ、俺も次に続く言葉を持たなかった。
 不意に立ち止まった彼女につられて立ち止まると、彼女はもう既に泣き出していた。

 そのしろいかお。
 かくしきれないあかいくちびる。
 それがとても、いとおしい。
 なんだか、踏み荒らせる男たちが羨ましくなるほど…。
 けれど踏み荒らす男たちを許せないと、思うほど…。

「なあ、今日はどこいく」

 自分の中の矛盾も、彼女の態度も、なるべく気にしないように、さらりと尋ねた。ほっとしたように微笑んだ彼女は、安心しきった表情で、店の名前を告げた。

 今日は繋いだ手。

 けれど明日には何の関係の保証もない、その、手は、とても、柔らかかった。

 でも、俺は、
 きみが、いとおしい。



20090304

好きだと伝えると壊れる恋もある。

お題:確かに恋だった


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