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短編置き場
君がいとおしい 2

 いつものように喫煙コーナーで彼女に会い、紙コップのコーヒーを手渡す。少し濃いめのブラック。
 白い顔に、いつもより少し濃い色の口紅で彩られたくちびるが目立った。くわえられた煙草が白く光っているようで、そこに残る口紅のあとーー。なんだか彼女はいつもよりもなまめかしく、つやめいて見えた。明らかに弱っているのに、なお。いや、むしろ、弱っているからこそ、か。

「…あり、がと」
「顔色悪い」
「ん、そうかな」
「最近忙しいから?」
「……ん、そうよね、忙しいわよね」

 す、と、煙草のけむりを吸い込むと、彼女は心持ち俯いた。

(嘘が下手だな)

 俺は、そう考える。冷ややかに。けれど口にはせず、かわりに煙草に火を点けた。彼女も黙ったまま煙草の火を消し、コーヒーを口にふくんだ。
 喫煙コーナーは他のフロアにもある。今はここには二人しかいない。俺は静かに次の言葉を吐いた。なるべくさらりと聞こえるように。

「じゃあ、景気づけに一杯飲みに行かねえ?」

 何気なく響いたはずのその言葉に、彼女は静かな、ゆっくりとした動作で、けれど真っ直ぐな視線で俺を見た。視線を感じてはいたけれど、俺は彼女をまっすぐに見返すことはせず、ただ、煙草を吸い続けた。
 何気なく、何気なく、ただただ普通の同僚の科白。そう聞こえることが一番大切なことだった。
 彼女は断りはしなかった。小さく頷き、じゃあ、帰りに向かいの本屋で待ってるから、とだけ、言った。

 そうして何度か飲みに行ったり食事をしたりーー、けれど彼女は何があったとも、何故こんなに弱っているのかということも、言わなかった。ただ曖昧だった微笑みが、少しずつ、いつも通りの確かなものに変わっていくのが、見ていて気持ちがよかった。ただそれだけの関係。迫ることも迫られることもない、未だに携帯電話の番号もメールも知らない、関係。
 それで、よかった。

 いつもよりも濃い口紅は、誘いを待っているように見え、そしてそれはだんだん間隔が狭まるようになった。
 おそらく、その読みは間違ってはいなかった。ただ、彼女は自分を好きなのだろう、とか、そんな考えはなかった。むしろ、俺が彼女を好きではない、と彼女が思っていることが多分、重要だった。自分のことを好きな男性が、彼女は好きではなかった。少なくとも、俺の目には。



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