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短編置き場
君がいとおしい 1

 触るとほろりと崩れて落ちる椿みたいに、雪の上ではらはら散った紅色の花弁みたいに、華美で脆弱で……、だからこそ、いとおしい。


 濃い朱の口紅は、顔色をよく見せる効果を狙って塗っているみたいだけれど、まるで逆効果だった。白い肌がいっそう白く、ともすれば青ざめて見えてしまうほど。

「…顔色、悪いよ」
「……ごめん」

 コーヒーを淹れてきてくれた彼女に、そっと小さく、告げる。彼女は困ったように微笑み、謝るのだ。いつもと同じように。

「口紅。もっと地味な色にした方が、顔色、目立たないよ」
「…うん、ありがとう」

 こつ、とコーヒーの入ったカップが机に置かれた。

「今日は?」
「残業、なかったら」
「あっても待つよ」
「……うん、ごめん、ね」

 彼女は躊躇いがちに頷き、そして自分の席へと去っていった。その背中は、ゆらゆらと、何だか危なげに揺らめいて見えた。
 入社して三年、同期入社だった彼女と俺は、それなりに親しくなっていた。
 彼女はふわふわしたパーマのかかった長い髪で、いつも膝丈より少しだけ短いスカートをはいている。基本的に柔らかい雰囲気の女性で、メイクもナチュラル。服装もいつも女性らしいのだけれど、女、を意識させるようなものではなかった。話し方も静かで柔らかく、いつも微笑んでいる。そして、お茶やコーヒーを淹れるのがうまかった。目立たないけれど、見目も確かに美しい人でもあった。
 優しく、美しく、柔らかそうでいて堅い。媚びては見えないし、上品な感じもする。何となく家庭的な匂いもして、彼女は確かに男性社員から好かれる存在ではあった。良妻賢母が出来そうな若い女…、けれど彼女が男性の瞳に一番美しく見えるのは、煙草を吸っている時だった。
 似合わない煙草を、幸せそうに吸う彼女は、普段の物腰からは感じられない「女」の匂いを急に漂わせる。
 勿論、女が煙草など、という古臭い考えの男性社員も多いから、皆が歓迎していたわけではなかったが、それでも、煙草を吸っている彼女をつい見つめてしまうことは確かだった。
 煙草を吸っていることを隠そうともせず、けれど群れるでもなく、彼女はひとりで幸せそうに煙草を吸う。いっそ潔い態度が気に入って、俺は彼女に喫煙コーナーで話しかけるようになった。休み時間のコーヒーを奢ると、仕事中にそっとコーヒーを淹れて持ってきてくれるようになった。そんな風に親しくなった。会社の中でだけ、ふわりとしたやりとりだけで成立していた、だからこそ優しい関係。
 けれどいつ頃からか、彼女は時々真っ白な顔をして仕事に来るようになった。白いを通り越して、むしろ青ざめて見えるその顔色に、俺は初めて社にいる時間以外の彼女を知りたいと思った。それが、2か月ほど前のことだ。



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あきゅろす。
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