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短編置き場
鎮まってお願いだから 1

 好きになってしまったんだ、と、
 電話口で、
 彼は言った。


 高校2年の春、私は恋をしていた。
 ずっとずっと友達だった、同い年の彼に。
 多分、私は浅はかだったから、彼には私の想いはバレバレだったと思う。彼は気付いてないふりをしていたつもりみたいだった。友達としての私は好きでも、恋愛の相手にはなり得ないと彼は知っていたのだろう。
 お互いに名前を呼び捨てにしていても、同じ部屋に2人でいても、2人だけで出掛けていても、私たちは何かを越えることはできなかった。
 男としての彼を知ることはなく、かわりに人間としての彼には一番詳しいと思っていた。自負していた。自慢だった。そしてそれはいつか、2人が恋愛になるためには有利なことなんだと、信じていた。本当に、信じてた。ずっとずっと、ずっと、今の今まで。

 電話の向こうで、弱りきった男の声がしていた。

(どうしたらいいのか、わからないんだ)
(好きになってしまって、)
(けれどそれは、)
(友達の、カノジョで)

 私は、黙ったまま、それを聞いた。
 何も言えなかった、言うべき言葉が、見つからなかった。
 ただ、好きな人がいるのだな、ということだけが、静かに静かに、体中に染み渡っていって、私は、静かに静かに、絶望した。
 失恋した、とは思わなかった。だって、私は何も失ってなどいなかったから。……失うことすら、出来なかったのだから。

(本当は、相談するのも、迷ったんだ)
(ずっとずっと、知っていたから)
(気づいていたから)
(だけど、)
(だけど俺は、)
(おまえが)

「私が、あんたを、好きだってこと?」


 さらりと、言った。
 なるべく、軽く、聞こえるように。

 それから、冷たく、言い放つ。

「自惚れないでよ」

(でも、)

「それに、見損なわないでよ」

(え?)

「友達の私を、見損なわないで」

 きっと、
 きっとこれだけで伝わるだろうと思った。

 恋をするより長く、私は彼の友達だったのだと。
 だから、
 だから、いいのだと。

(……うん、サンキュー)


 好きだと、言ってしまえば、
 きっと、私は彼を失うだろう。
 友達としての彼も、好きな人としての彼も。
 それなら、このまま、失うことすらできないままでいたかった。



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あきゅろす。
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