短編置き場 さよならの行方 8 (……ハル) ハルの腕に、縋った。 自分より年下の、まっすぐな瞳の持ち主に。 彼と同じギタリストに。 甘えた。 (ごめん) 亜也子はふとため息をつく。スコアは少しも頭に入らない。投げ出すようにしてスコアをテーブルの上に置いた。 煙草を消して、膝を抱える。 どうして忘れられないのだろう、と、亜也子は思う。 申し訳なくて、泣き出しそうなほど、ハルを好きだと、思うのに。 会わない、という選択肢を、自分が選べないのか不思議で仕方がなかった。 「……亜也子?」 静かな声が背中から亜也子を呼ぶ。珍しい呼び捨てに、心臓が跳ねた。 振り返った先のハルの瞳は、まだ眠そうなのに、確かに亜也子を捕えていた。裸の腕が伸びてきて、亜也子の髪を撫でる。 「ごめん、眩しい?」 「ちがう」 ごろりと転がるようにして、ハルは亜也子に近付く。 「さむくなるの、隣に亜也子いなくなると」 眠そうな、舌足らずのハルの科白に、そっと微笑む。 「ごめんね」 「寝ようよ」 甘えたような声で、ハルが言う。亜也子の髪を、肩を、頬を、撫でながら。 「明日練習、つきあうから。今は、寝て」 やわらかく、ハルが笑う。亜也子はかちりと照明を消した。誘われるままにハルの隣に潜り込む。 「冷えてる」 ハルが呟く。ごめんね、と亜也子は言う。ハルが亜也子を引き寄せて、腕枕のうちに収めて抱きしめた。 あたためられた布団、ハルの心音、ぬくもり、抱き枕の腕、匂い、全てが亜也子を包む。 心地良かった。 ごめんね、ともう一度呟こうと思ったけれど、もう、声にはならなかった。 優しく、睡魔が亜也子を自己嫌悪から救い出していた。 ハルがもたらした、睡魔が。 [*前へ][次へ#] [戻る] |