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ドレミファンタジー 2

 背中に、心の中で呼びかける。聞こえなくてもいいんだ、それでもいいんだ、いつかの予行演習みたいにくり返すんだ。
 けれど今日は、なかなか起きそうにない水谷くんの背中に勇気を持てそうな気がして、少しだけ、声に出して、呼んでみる。
 ヘッドフォンしていて、聞こえないだろうし。

「水谷くん」

 小さく小さく、声に出す。

「いつか、そのヘッドフォンのなかみを教えてくれますか」

 それは小さな声で、聞こえるはずもないお願いで。届くわけないこともわかっていたし、いつか叶えられるかどうかも期待できないこともわかっていた。けれどそれでも自分の出したわずかながらの勇気に、私はそっと満足して、今日はもう、帰ることに決めた。
 目が覚めて二人きりだったら、水谷くんも戸惑うだろうし。私もどう言い訳したらいいか、わかんないし。
 また小さく呟く。微笑んで。

「みずたにくん、バイバイ」

 ペンやノートを鞄にしまいながら、最近気に入っている歌を小さな声で歌った。
 片想いの歌だったけど。
 サビにさしかかって、帰り支度もほぼ終わり、水谷くんの横を通りかかったその時、
 むく、
 と、鈍い動きで、彼が起き上がった。
 え、と思って彼を見たら、バッチリ寝ぼけまなこの水谷くんと目があって、しまった。
 私はもう叫び出したい気持ちを抑えることでいっぱいいっぱい。驚きと興奮と困惑と。動悸が激しくなって、目眩がしそうなくらいで、何を言ったらいいのか全然わからない。でもまだ寝ぼけ眼の水谷くんはなんだかすごく可愛くて、それがまた、もう、すごいドキドキ。
 いいやもうとにかく笑っとこう! と思って笑いかけると、水谷くんもへにゃと笑って、ヘッドフォンを外した。
「…あれ今歌ってた?」
 開口一番そうさらりと訊かれて、嘘つくのも変だから、うん、と頷いた。
「おれねぇ、その歌好きだよ」
「わ、私も」
「最近、これで毎日聴いてるの」
 そう言って、首にかけたヘッドフォンをこつんと右手の人差し指でつつくように示した。

(わ)
(教えてくれた)

 さっき小さく呟いた願い事がものすごく簡単に叶って、私はすごくすごくびっくりした。嬉しかった。ついでに共通点まで見つかって、有頂天。
「おれ最近、その歌聴こえると、すぐ気付くんだ」
「そうなんだ」
「歌ってくれなかったら、ひとりでいつまでも寝てたかも」
 そう言って笑う水谷くんの笑顔、今は独り占め。
 今ならなんだか、仲良くなれそう。

(がんばろう)

 心の中でそう呟いて、気合い入れて、勇気出して、誘ってみようと口を開く。

「ね、もう校舎しめられちゃうから」
「あ、そうだよね、帰ろっか」

 私の一世一代の誘い文句の途中で水谷くんは慌てて荷物を手に取って、立ち上がる。なんだか出鼻をくじかれた気がして、うん帰らなきゃね、と呟くように声にした。
 すると水谷くんは先にすたすた歩き出してしまって、私は更に更に落胆。ああ、もう…。
 諦めかかってバイバイ、って言おうとしたその時、水谷くんは振り返って言った。

「早く行こうよー」

 それって、一緒に帰っていいってことですか。

「うん」

 落胆から一転、天国への一本道。
 ふたりで廊下に並んで、なんとか返事しながら、一緒に歩いた。


 偶然だったけど。
 たまたま歌ったメロディで、
 君に接近。
 小さな奇跡。


 ドレミファンタジー。


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あきゅろす。
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