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こぼれていく時間 2
なにひとつ弾まない会話の中で、彼女の微笑だけが、美しく。
声を失ったまま、会釈をするほかない高瀬の心臓が、喧しく。
それでも、視線をはずすこともできずに、見つめ合っていた。
「――先輩、俺は、」
意を決して、何かを告げようと高瀬が口を開いた時、彼女を呼ぶ声がした。はっとしたように彼女がそちらを振り向き、高瀬は口を噤む。
もう一度視線が交わった時には、彼女の頬はもう、染まってはいなかった。
そして、
「高瀬、」
彼女の声が凛と響く。はい、と高瀬は静かに答えた。ただそれだけしか、答えることも出来なかった。
「――元気で、頑張って」
はい、と、高瀬は先刻よりも幾分かはっきりとした声で返事をする。
「夏、ずっと、応援してるから」
「はい」
「――がんばれ、高瀬」
「はい!」
はっきりと返事をすると、彼女の指がそっと、高瀬の頭へと伸びた。くしゃりとその髪を撫で、そしてすぐに、離れた。
「じゃ、ね……」
「――はい、……ありがとう、ございました」
高瀬は深く深く、礼をした。
下げた視線の中で彼女の足が踵を返して去って行く。
顔を上げて彼女の背中を見つめたけれど、もう、振り返りはしなかった。
こぼれていく時間
(君の背中を追う時間も残り僅か)
それでも。
それでも、高瀬は目をそらすことはしない。
友人達に合流した彼女の姿が、完全に見えなくなるまで、高瀬はそこを動くつもりはなかった。
最後だから。
もう二度と、あの背中を追うことはできないから。
最後まで。
100525
そして時間は動き出す〜3年目の春様に提出!
参加させていただき、ありがとうございました!
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