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こぼれていく時間
卒業式を終えて出てくる三年生の波の中、そんなに高い身長でもないのに、彼女を見つけることは容易かった。
つやのある黒い髪を綺麗にまとめて、卒業証書の入った筒を手に、泣いた友人を慰める彼女は美しく笑んでいて、涙のあとはみあたらない。
「先輩」
小さな花束を手に、高瀬は彼女に歩み寄る。彼女はうつくしく、うつくしく、笑った。
「高瀬」
名前を呼ばれて、高瀬は静かに会釈する。
彼女は友人達から離れ、高瀬のもとへと歩み寄ってきた。
「先輩」
ふたつ年上の彼女は、元、野球部のマネージャーだ。高瀬にとっては高嶺の花で、憧れだけはあったものの、引退する時にもそのあとも、何ひとつ動けないまま、ただ、見つめていた、彼女。
「卒業、おめでとう、ございます」
贈れるものなど何も思いつかず、またそれを選びに行く時間があるような部活でもない。結果、非常にシンプルな思考で、今日の朝、高瀬は最寄のバス停近くで売られていたその花束を手にとった。
「ありがとう、嬉しい」
差し出した花束へと伸ばされた指は、夏の日焼けが嘘のように白くなっていて、自分とは関係のなくなっていく彼女を、そのままあらわしているようで、高瀬は少しだけ悲しい気持ちになる。
彼女の指がとらえた花束は優しいピンクで統一されている。ゆっくりとその花束を顔に近づけ、また、彼女はそっと笑った。
「……いい匂い」
そう呟くと、彼女は花の向こうからこちらをゆっくりと見上げた。白くなった彼女の肌にそのピンクは映えて、高瀬はその視線に胸が躍るのを感じる。
「男の子から花もらえるなんて、すごい……、すごい、嬉しい」
彼女の頬がやわらかく緩み、そして、そっと染まるのを高瀬は逃すことなく見つめた。
「ありがと、……ありがとね、高瀬」
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