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隣にいるキミには聞こえぬように
阿部の声がグラウンドに響く。私はフェンスの外から、その声を聞いていた。
顔なんか見えやしないのに、動きで、体つきで、声で、あれが阿部だ、とわかるから、この想いが深まってしまってるんだ、と否応なしに気付かされる。
休憩がコールされ、阿部がこちらに気付いた。
何でいるの、と問われたときの言い訳も用意して、寒さにふるえる膝でまっすぐに立った。
「……寒くねェ?」
けれど、ただそれだけ、ぶっきらぼうに問いかけられた。心臓の鼓動は跳ねたけど、顔には出さなかった。
「寒いね。阿部は?」
「休憩時間になると寒ィよ」
「だよね、風邪ひかないようにね」
「おー」
短い休憩時間、ぽつり、ぽつりと話す。盛り上がるでもなく、沈黙してしまうでもなく。
フェンス越しだけど、阿部の隣にいることの喜びは、ゆるむ頬と、弾む動悸で伝わる。けれどこれは、気付かれてはいけないものだ。
ごめんね、ずるいよね、心の中でそう、問いかける。
この恋を諦められなくて、こんな風に思わせぶりなことをして。でも、飛び込む度胸もなくて。
――ごめん。
そう思ったら、阿部の顔がまっすぐ見れなくて、俯いて笑うふりをした。
笑いながらできる世間話を遮るように、低く、阿部が呟いた。
「――明後日、練習試合」
え、と、阿部の顔をみると、ひどくまっすぐな瞳だった。
「見に来いよ」
ぶっきらぼうに、愛想なく。
けれどあんまりまっすぐな声だったから、瞳だったから、一瞬、返事ができなかった。
(……わたしを、)
(好き、なの?)
ふるえる指先が、期待する。
隣にいる彼はまだ気付かない。
けれど。
くちびるに浮かべた笑顔を消して、息を深くまで吸い込んだ。
試合、見に来いよ、と言った阿部の声が、まっすぐな瞳が、頭の中でリフレインされる。
胸が躍った。
ひどく長い一瞬間だった。うん、と言いたい。行くよ、と言いたい。
好きだって、言いたい。
静かに胸の内に浮かぶ気持ちを、ごまかしてかき消すことは、もう、出来そうになかった。
行く、と呟くような小さな声で答えると、阿部は小さく唇をゆがめて笑った。
隣にいるキミには
聞こえないように
(そっと願掛け)
どうか、阿部、
私にも勇気をください。
あなたに想いを告げる勇気を。
100207
企画「そして時間は動き出す〜二年目の冬」様に提出!
参加させていただき、ありがとうございました!
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