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隣にいるキミには聞こえぬように 2

 阿部はそれから一言もはなさなかった。
 休憩時間の終わりが告げられ、するりとフェンスから離れた阿部の背中に、二番はついていなかったけれど、やっぱり凛と伸びていて、大きく見えた。
 花井と別れた彼が、代わりにすぐ隣に並んだ。何となくうしろめたい気持ちになりながら、くちびるだけで笑った。

「さっき阿部と話してたろ?」

 帰り際、彼が訊いた。うん、と答える。

「彼女と別れたって、花井は言ってたけど、おまえなんか聞いた?」

 彼の言葉に一瞬、息を飲んだ。
 知らなかった。気付かなかった。
 呆然としたけれど、なんとか言葉を絞り出した。

「きいて、ない、よ」

 そっかー、と彼は残念そうな顔をする。

(だから、あんなこと、)
(言ったの?)

 なんでわかれたのかな、どうしてかな、そんな風に話す彼の声が、右から左へ抜けていく。

(……わたしを、)
(好き、なの?)

 ふるえる指先が、期待する。
 隣にいる彼はまだ気付かない。
 けれど。
 くちびるに浮かべた笑顔を消して、息を深くまで吸い込んだ。
 試合、見に来いよ、と言った阿部の声が、まっすぐな瞳が、頭の中でリフレインされる。
 胸が躍った。
 ひどい女になってもいい、と、静かに胸の内に浮かぶ気持ちを、ごまかしてかき消すことは、もう、出来そうになかった。


隣にいるキミには
聞こえないように
(そっと願掛け)


 どうか、阿部、
 私にも勇気をください。
 この恋を終わらせる勇気を、
 あなたに想いを告げる勇気を。



100320
「そして時間は動き出す」様に提出したものの、ボツversionです。
あまりにひねくれてるなと思ってボツにしたものの、わりと気に入っているのでアップ。



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