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隣にいるキミには聞こえぬように 1
二番をつけた、まっすぐな背中。
それがやけに大きく見えて気付いた。
ああ。
恋をして、しまいました。
――恋人が、いるのに。
阿部の声がグラウンドに響く。私はフェンスの外から、その声を聞いていた。
顔なんか見えやしないのに、動きで、体つきで、声で、あれが阿部だ、とわかるから、この想いが深まってしまってるんだ、と否応なしに気付かされる。
(――どうしよう)
花井にCDを返す、と言って、休憩時間を待つ彼氏に付き合って、こんなところに来てしまったことを後悔した。
知りたくなかった。
そう思うのに目が追ってしまう。
そんな自分なんて、知りたくなかったのに。
休憩がコールされ、花井がこちらに気付いた。彼と花井とが少し離れた場所で盛り上がっているのを、私はさめた気分で見ていた。
「……寒くねェ?」
ぶっきらぼうに問いかけられる。心臓の鼓動は跳ねたけど、顔には出さなかった。
「寒いね。阿部は?」
「休憩時間になると寒ィよ」
「だよね、風邪ひかないようにね」
「おー」
短い休憩時間、花井と彼氏が話をしている間、阿部と私も話をした。ぽつり、ぽつり。
動悸がはやくなって、くちびるが自然にほころんで、でもそれを必死で隠す。
フェンス越しだけど、阿部の隣にいることの喜びは、気付かれてはいけないものだ。
阿部にも、阿部の彼女にも、私の彼氏にも。
(ずるいよね)
自分が狡いのはわかってる。そばにいてくれる人を手離せない癖に、望みのない恋も捨てられない、自分が嫌いだ。
「――明後日、練習試合」
笑いながらできる世間話を遮るように、低く、阿部が呟いた。
え、と、阿部の顔をみると、ひどくまっすぐな瞳だった。
「見に来いよ」
ぶっきらぼうに、愛想なく。
けれどあんまりまっすぐな声だったから、瞳だったから、一瞬、返事ができなかった。
ひどく長い一瞬間だった。うん、と言いたかった。行くよ、と言いたかった。
けれど、その言葉より前に、彼氏と花井の笑い声が響いた。
どちらも、ぎくり、と震えた、肩。
はっと我に返って、私は笑った。
「――そういうのは、彼女に、言いなよ!」
ひどく傷ついた顔をした阿部が、小さくそうだな、と呟いた。
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