ma カラスが鳴くから帰ろう(水谷) 暗くなったグラウンド、それでも走る黒い影たち。楽しそうに笑う影の中のひとつが、私の好きなひと。 終わりの挨拶が済んで、ぱらぱらと影がばらけはじめると、ひとり、こっちに向かって大きく手を振る影。 「すぐ着替えて来るからー!」 大きな声に苦笑しながら、手を振り返すと、きびすを返して、影は去った。まわりの仲間に手荒くからかわれながら。 誰よりはやく、駆けてくる、影。 帽子がなければふわふわと泳ぐ柔らかい髪の感触を求めて、無意識に金網の向こうに見える影に向かって手が伸びた。 手の中を素早くすり抜けて、金網の向こうの水谷から、生身の水谷になる。隣に並ぶと、ふんわりとあたたかかった。 「練習時間短くなったよねー!」 「すぐ暗くなっちゃうからね……残念?」 「うん」 ぼやく彼に、そうだよねと相槌を打ちながら、けれど私はその手をそっととらえる。 側にいられる時間は短い。 冬の間だけの、僅かな贅沢。 「寒いから肉まん食べて帰ろ!」 「またみんなとコンビニで鉢合わせ?」 「あーまた阿部に睨まれるっ?」 くすくすと笑いながら歩く。 寒くても、暗くても、一緒にいられる時間が今しかないなら。 「でもいいよ、寄り道しようよ、一緒に」 ね、と声をかけて水谷の顔をのぞいたら、ぱっと明るく明るく、笑った。頷いた。 「じゃあ早く行こ! 逃げ切ろう!」 「……文貴が立ち読みしなければ大丈夫だと思うよ」 「あ痛っ」 けらけらと二人で笑いながら、ほんの少し早足で歩いた。 大丈夫、 しあわせだ。 カラスもとうに塒に帰った時間でも。 手をつないで、一緒に帰れるなら。 カラスが鳴くから 帰ろう (わたしたちの家に) (……なんて、) (こっそり願ってるのは、内緒) 091129 そして時間は動き出す様に提出! [戻る] |