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喧騒にまぎれてキスをした

 浴衣の裾を気にしながら、ゆっくりと石段を登った。
 ざわざわと賑やかなそこに立ち並ぶ夜店に目もくれず、奥の神社へと花井は進む。わたしはただ、それについていった。
 手をつなぐでもなく、それでも花井はこちらを気にしながら歩調を合わせてくれていた。
 振り返った花井に追いついて、隣に並ぶ。少しだけ、照れたような顔をした。

「花井、なんか食べたい?」
「おー。でも、まずはお参りしねーと」
「……ほんと、真面目」

 くす、と笑うと、困ったように頭に手をやる。なんだか可愛かった。
 石段をあがりきった神社の前はひどくこみあっていた。後ろから来た一団に間に割り込まれ、一瞬で花井が見えなくなった。

(どうしよ、)

 割と背の高い花井は見つけやすい。けれど、そこまで動くのが困難だった。諦めて、人の流れから外れ、花井が見つけてくれるのを待つことにした。

(……見つけてくれるのかなぁ……)

 けれど、一旦人ごみから抜けると、ひどく心許ない気分になった。灯りも少ない。明るい場所の喧騒が、自分からひどく遠いものになってしまった気がした。

(きれい)

 美しく光る電飾をぼんやりと眺めながら、ただ、花井の頭を見ていた。花井の瞳が自分を捉えるのを、静かに、待った。

(……あ、)

 目が、あった。

 安心したように花井は笑んで、人ごみをかきわけはじめた。

(見つけて、くれた)

 すらりとした長身は、みるみるうちに近付いて、わたしの名前を、呼んだ。

「見つけた……、」

 その顔が、
 あんまり晴れやかで、
 どうしようもなく愛おしくて、

 腕をひくと、花井が顔を少し近付ける。
 聞こえない声を、聞こうとするみたいに、ただ優しいだけの瞳で。
 だからわたしはそっと笑って、そして、瞳を閉じて近付いた。

喧騒に紛れて、
キスをした。



 ざわざわと賑やかな声たち、
 閉じた瞼にも眩しい灯り、
 愛おしい夏の記憶。



091105
企画「プリズム」様に提出。
参加させていただき、ありがとうございました。

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