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もう一度、夏を（河合）
（俺はもう、やめたんだよ）
先輩、と後ろからかけられた声に、思わずそう言い訳がましい科白が頭をよぎる。とっさにそう思ってしまうほど、この声の持ち主とはその問答を何度もやりあった。
「和己先輩、お久しぶりです」
けれどそこにあったのはあの頃とは違う、幾分かの驚きを含んだ瞳と、ただ懐かしそうに嬉しそうに響く声と、ふわりと優しいかたちに微笑むくちびるだった。
（……、そりゃそーだよなー）
……もう、一年が、過ぎたのだから。
安堵するとともにふっと肩の力が抜け、河合はおう、と答えた。
「おう、久しぶりだな」
制服の彼女のせいで、忘れかけた傷が疼いたのは確かだった。
けれど、逃げるなと追いかけてきた強い瞳も声もそこにはなかった。その度に零した涙もない。ただ柔らかに笑った彼女の髪がふんわりと伸びていることに今更気付いた。
「こんな時間にどうしたんだよ、部活……、」
そこまで言いかけて、河合はふっと口を噤んだ。季節はとうに秋、彼女は既にマネージャーではなくなっている。
（そんなことも気付かない）
（馬鹿だな俺は……）
困ったように笑って見せた彼女がひとつ肩を竦める。仕方のないひとですね、と、無言で言われた気がした。
「一人なのか？」
「はい。先輩コーヒー奢ってください」
「いいけど」
「やったー」
にこにこと笑った彼女がすいと河合の隣に並ぶ。
彼女は野球部のことは何も口にしなかった。河合が、野球部の今年の成績すら知らないことに、うすうす感づいていたのかもしれない。そのことに安堵し、彼女の希望した店へと歩く。ただ何とはなしにどちらもが黙ったまま。
けれど、彼女の口から零された呟きが、河合をどきりとさせた。
「……夏が、終わっちゃった」
はっとして河合が彼女を見る。その視線に気付くことなく、彼女の瞳はまっすぐ空を見上げていた。
「さみしいなぁ……」
小さな声、曖昧な言葉でだけ零れ出たそれは、河合に向けられたものかどうかもわからなかった。
けれど河合も空を見上げ、呟くように答える。
「……そうだな」
河合のそれはひどく心許ない余韻を残した。
（俺の夏は、）
（去年終わったまま、）
隣にある笑顔を好きだった夏のまま、何ひとつ前にすすめないまま、河合は今も「淋しい」。
「淋しいよなぁ……」
河合が呟く。
彼女がふっと立ち止まり、何歩か進んだ後にそれに気付いて河合も立ち止まる。振り返った肩越しに互いの視線が絡んだ。
「……先輩わたし、」
「俺おまえが好きなんだけど」
彼女が言いかけた言葉を遮り、一気に河合は言い終える。かすかに紅潮しはじめた頬を、河合は見逃さなかった。
緩やかに、優しげに、淋しさは解けて、いつかまた、あたたかさを得られるだろうか。
紅潮した頬に、河合はそんな風に期待した。
20090928
企画「college」様に提出。
参加させていただき、ありがとうございました。
恋愛未満ですみません。
個人的には、元気で野球を続けて欲しい彼ですが、人一倍責任を感じてしまいそうな気もするので…。
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