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ひらひら、蝶舞う(花井)

 グラウンドに舞い込む蝶を静かに見つめる。白い練習着の一団の中に舞い込んだ揚羽蝶は、ひどく鮮やかに見えた。
 夏休み、球児の夏は表向き終わってはいたけれど、結局普段と変わることはない。授業がない分、練習時間は増える。それでも、夜の終わりが早くなった分だけ、側にはいられたけれど。

(夏が終わればまた、)
(会えないんだろうな……、)

 あたしだって、野球と私がどっちが好きなの、なんてありきたりな科白は言いたくない。野球してる姿を好きになったのになんて勝手な言い分。なんて矛盾。わかってる。わかってるんだ、でも、言いたくないのに湧き出てくる。きちゃう。勿論まだ、花井に言ったことはないけれど。
 白い練習着が駆け足で散っていく。一番背の高い影が、目の前で一瞬立ち止まり、花井は言った。

「ちゃんと水分とって、無理するな」
「うん」
「……ごめんな、いつも」
「ううん、」

 練習中なのに立ち止まる優しさとか、本気でごめんと思っているのがわかる表情とか。ずるい。
 そんな風に言われるからいつも、飲み込んでしまうんだ、不満の言葉とか、淋しさとか。

「頑張って!」
「おう、」

 精一杯の笑顔で声をかけると、安堵した顔で笑って、きびすを返して走っていく。
 揚羽蝶はそれを追いかけるかのようにひらひらと、水の撒かれたグラウンドの上を舞う。

(あたしもあそこに、行きたいなぁ)

 あたしにはこの金網を越える権利はない。一緒に野球もできないし、かといって甲斐甲斐しく世話を焼くことも多分出来ない。あたしには、花井と一緒にいたい、ただそれだけしかないから。
 グラウンドを駆け抜けていく、ひときわ背の高い背中は真っ白で広くて、夏のひかりが反射して、ひどく眩しかった。

(好きなのに、)

 好きになればなるほど淋しい。
 好きになればなるほど何も言えなくなってしまう。
 好きになればなるほど困らせる。

(好きだから、)

 それでも、離れたくはなかった。

(まだ、頑張れる、)
(まだ、笑えるから、)

 だからまだ、好きでいて。
 側に、一番で、いさせて。

 見つめるグラウンドに、揚羽蝶はまだ、ひらひらと優雅に、舞っている。
 蝶にすら羨望を、嫉妬を覚えるこの恋を、花井は、そしてあたしは、いつまで手放さずに、いられるだろうか。
 白い練習着の花井は眩しくて、眩し過ぎて、目の前がぼんやりと滲んだ。


ひらひら、蝶舞う
(眩しさに目を細め)


 眩しいあのひとと、
 できるだけ長く、
 一緒にいられますように。


20090901
企画「そして時間は動き出す〜二年目の夏」様に提出。

参加させていただき、ありがとうございました。



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