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わたしのために、笑ってくれるひと(利央) 1
ずっと追いかけ続けた恋の終わりは、とびきり甘い新しい恋だった。
私の高校生活二年間を知らないままだからこそ告げられたその想いは、静かに静かに私の心に沁みた。静かに、けれど、確かに。
「先輩!」
準太の声に慌てて立ち止まると、グラウンドの利央と準太の姿が見えた。防球ネットまで駆け寄ると、自分が肩で息をしてるのがわかった。振り返った利央を見ると、少しだけ、笑うことが出来た。利央も、ふわっと笑い返してくれた。
「帰ったんじゃなかったんすか?」
「うん、戻って来ちゃった」
準太とやりとりしている間、利央は準太と私をちらちら見ていた。くすっと笑うと、利央のことなんて簡単に見透かした準太が、犬を追い払うみたいにして利央を私のところへとよこしてくれた。
「忠犬利央?」
「え?」
小さく苦笑しながら呟くと、利央は大きな瞳を見開いて聞き返す。
「しっぽ見えるよ」
「それはひどいっすよォ」
くちびるを尖らせて答える利央に、つい、笑い出してしまう。高く、笑い声が弾けた。
「ごめんね、嬉しかったの」
防球ネットごしに伸ばされた指に触れる。大きな手、長い指。きっと、基礎になってる色素が違うんだろうな、と、白い指を見ながら思った。
「先輩、慎吾さんといたでしょ?」
「……! 見てたの」
「うん」
「ごめんね、」
謝る必要なんてないのに、つい、口にしてしまう。利央は私が慎吾を好きだったことなんて、知らないのに。謝ったら怪しいのに。そう思って、何かを言おうとしたけれど、とっさに言葉にならなかった。
「先輩一緒に帰ろっ! 待ってて!」
どうしよう、と逡巡している内に、利央の声が降る。眩しいくらいに、笑ってた。何も考えなくても、うん、と答えていた。利央も、優しそうに幸せそうに、笑った。
利央たちが練習を終えるまで、グラウンド近くのベンチに座って、本を読む。
(ごめんね利央)
私が慎吾を好きだというのは、多分、みんなが知っている。正確には、好きだった、なのだけれど、みんな、利央を当て馬か何かだと思っているのも、わかっていた。
(――もっとはやく、)
(会えたら、よかった)
こんな後悔にとらわれる前に。
利央がまわりの言葉に傷つく前に。
グラウンドで帽子を脱いだ利央の髪がふわふわ、眩しかった。
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