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わたしのために、笑ってくれるひと(利央) 2
先輩っもう帰れるよ! と勢いよく告げられた時、私はまったくまわりをみていなかった。自分が泣いているのも忘れて、驚いて顔を上げた私を待っていたのは、利央の大きなハニーブラウンの瞳だった。
「せ、んぱい!?」
「やっ、ごめ、油断した、泣けるこの本……!」
あまりにも言い訳がましい科白をものともせず、利央が隣にすとんとすわる。ほのかな汗の匂いがした。
(利央ごめんね)
この、綺麗な瞳の男の子を、自分のせいで傷つけているのかと思う度、悲しくなった。
もっと、誰もが幸せだって言う恋を、させてあげたかった。
(ごめんね、利央……)
伝えることはできないその想いに、その涙に、利央は困ってしまうだろうか。
どうしよう、と思い悩む内に、
ちゅ、
と、額に柔らかい感触がした。
「っ、利央っ」
キスだ、と気付いた瞬間にはもううろたえていた。
「隙あり」
いたずらっ子の笑い方で、利央がそんな風に告げた。利央の袖口が私の涙を吸い取っていく。新しい涙はもう、出て来ないみたいだった。
「びっくりさせた甲斐があったね!」
そう言って笑った利央につられて、私も少し、笑った。
「……好きよ、利央」
「俺も、好きです!」
間髪入れずに返す利央に、少しだけ驚きながら、私はゆっくりと笑顔になっていた。
「うん。……うん、ありがと」
利央が、笑う。あんまり幸せそうに、笑うから。だから。
「帰ろっか」
「うん、帰ろー、先輩」
それだけでいいんだって、私のためにこの子がいてくれるんだって、そんな風に思えるから。
手をつないで歩き出した。利央は笑う。誰に向けるより優しく、笑ってくれるから。
「利央といると、しあわせ」
「俺も、」
えへへと笑い合って、くだらない話をして、一緒に歩く。
私の高校生活の二年間を利央は知らない。慎吾を好きな私を、慎吾を好きでいつも泣いていた私を、諦められなかった私を、知らない。
だから私を好きだといえる。だからみんなに傷付けられる。
でも……でも、利央がいなかったら今の私はない。この子がいなかったら、こんな風に笑えなかった。
幸せになんて、なれなかった。
(幸せすぎて、)
(泣きそう、だよ)
わたしのために、
笑ってくれるひと
(幸せをありがとう)
20090820
企画「幸せすぎて泣きそうだ」様に提出
参加させていただき、ありがとうございました!
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