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嫌よ嫌よも好きのうち(疑ってしまいますその感性)

「阿部くん!」
「……?」

 朝練から教室に向かう野球部の一団に向かって、私は呼びかけた。呼ばれた本人は、眉間に皺を寄せて、怪訝そうに彼は振り向いた。つられて他の野球部の面々も振り返り、こっちを見た。

「あなたが好きです、付き合ってください!」

 唐突に告げたその想いに、本人だけじゃなく、野球部が一斉に、はぁ? って呟いてた。

「じゃあ、またね」

 くるりと踵(きびす)を返して走り出した私の背中に、呼び止める言葉はかからず、代わりにかなり戸惑っているらしい阿部くんの

「……だれ?」

 って声が届いた。くす、と私は笑ってそのまま振り返らずに走った。



 何日間かそれを続けていたら、ある日阿部くんがひとりで歩いてきた。

「あ」

 私を見つけると、苦々しいような、けれど幾分か照れているような顔で小さく呟いて、立ち止まった。私はにこりと笑いかける。

「おはよう、阿部くん」
「ああ、ハヨ…」
「私と、付き合ってください」
「…あのな」

 ぐしゃ、と右手で髪をかきあげるような仕草をして、一瞬閉じた瞼を開くと、私をまっすぐに見た。そうして、ひどく冷たく乱暴に言葉を吐いた。

「からかってんの、毎朝毎朝」

 心臓にぐさって刺さったみたいに、ちょっと痛かったけど、なるべく響いてないみたいに何気なく次の言葉を続けた。

「毎朝からかうほど暇じゃないよ」
「なら何」
「だから、私と、付き合ってください。阿部くんが、好きだよ」
「無理」

 瞬殺された。
 と思ったら、悲しいとか思う前に何だか笑えてしまった。びっくりし過ぎたのかも。

「…何で笑ってんの、やっぱからかってんでしょ」
「違うよ、でもそう言われるの、覚悟してたから」
「…じゃあ何で」
「でもいくらなんでも、ごめんも何もなしに、無理はひどいなぁ」
「おお…悪い、なんか反射的に」
「反射って…」

 一瞬呆気にとられたけど、すぐに笑いが込み上げてきて、くすくす笑いだしたら、阿部くんがつられて苦笑いした。

「…へんなやつ」
「えへへ」
「でも俺は、付き合ったりとかする気ねえし」
「うん」
「ごめんな」
「いいの。でもまた話しかけていい?」
「…おお」

 ちょっと困った顔になった阿部くんを見て、多分、本当は迷惑なんだろうな、って少し、反省した。ごめんと思った。でもそれを口に出したら、もう話しかけることもできないから、気付かないふりで笑った。

「じゃあ、俺もう行くから」
「ん、じゃね」

 笑ったまま別れて、阿部くんは先に校舎に向かって行く。それを見送ってたら、フラれたんだなって実感が今頃湧いてきて、そしたら涙が体中から駆け上ってきたみたいにぼろぼろ、ぼろぼろ、溢れてきた。かっこ悪い。

 好きになってもらえない自分。へんなやつ。ちょっと迷惑なやつ。そう思われてるの、わかった。
 けど、阿部くんの背中に、心の中で話しかける。

 ごめんね、でも私ね、迷惑でもいいんだ、嫌われてもいい。君の記憶に残りたい。いやな奴でも迷惑な奴でもよくわかんない奴でも、何でもいい。何でもいいから忘れられたくない。いなかったひとになりたくない。

ああ普通の奴じゃね?
とか、
それだれだっけ?

 なんて当たり障りのない言葉で語られるくらいなら、眉間に皺寄せて、

ああ、あの変な奴な、

 って吐き捨てるように言われる方が、余程、マシ。
 怖いのは嫌われることじゃない。拒絶されたらそれは勿論辛いけど、でもそれよりもっと怖いのは、無だったから。

 だからね。
 だから、ありがとう。

 遠ざかっていく背中を見送りながら、ほんの少し囁く。

「…ごめん、ね…、ありがとう」

 かすかに震えたその声は、誰に届けるつもりもない声だった。けれど、不意に見送っていた背中が振り返った。
 慌てて涙を拭こうとしたのだけれど、間に合わなかった。阿部くんは自分が痛いみたいな顔をして、ゆっくりゆっくり、戻ってきてくれた。
 見捨てきれない、優しい人だなって思った。

「泣くし…」
「…あの、ごめん、気にしない、で、先に…、行って」
「あのなあ、あんたん中で俺そこまでひどいやつか」

 その、あきれかえったような声の響きが何だかおかしくて、私は泣いてたのも一瞬忘れて、吹き出してしまった。
 阿部くんはそれを見てまた苦笑いした。二人で少しだけ笑い合って、それから、阿部くんがまた小さく、ごめんな、と、言った。

「ごめんな」
「…ううん」

 うまく涙は拭けなかったけれど、懸命に笑うと、阿部くんも少し笑って、今度はゆっくり歩き出した。いいのかな、って思いながら、ほんのちょっと後ろを一緒に歩き出した。

「…あ、そう言えばさ」

 振り返らないままで阿部くんが小さく言った。

「え、何?」
「…名前、何だっけ」

 わ、
 やった、
 って、すぐに頭に浮かんだ。
 無から、一歩、前進。

「やっと、訊いてくれた」

 その言葉に、阿部くんは立ち止まって、私を見てやっぱりちょっと呆れた顔してた。

「へんなやつ…」

 うん、それで、いいよ。今はそれで充分。
 いつか、
 来るかわからない、
 でも、来るかもしれない、
 そんないつかのために、
 頑張れ、私。



嫌よ嫌よも、好きのうち
(疑ってしまいますその感性)



090211

季節感もなく、なんだか長い文章になってしまいましたが、先を夢見る気持ち、が、少しでも伝わったら、幸いです。

最後になりましたが、参加させていただき、ありがとうございました。

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