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しずかなひび 2
皿に三つ残ったチョコレートの内のひとつを口に含んで立ち上がる。
「あ、終わったの?」
夫がヘッドフォンを外して尋ねる。うん、と答えると、リクライニングを戻して座る。
「コーヒー飲んだら寝るわ」
「あ、俺も欲しい」
はいはい、と笑って答える。
お湯を沸かして、粉を入れて。それだけの作業くらい、大したことではない。映画を一時停止して、私は沸かすお湯を増やした。
お湯はすぐに沸く。カップに湯を注いだ。
ちゃんとドリップしたコーヒーとはくらべものにならないぺらっぺらなコーヒーの香り。それでも部屋の中に充満したそれは気分を高揚させた。
こつん、と、テーブルにカップを置く音が、他に音のない部屋の中にやけに響いた。
「ありがとう奥さん」
からかう響きを込めて、夫が口にする。私は真似して返す。
「どういたしまして、旦那様」
自分の席に座りなおしてから、映画の一時停止を解除する。黙ったまま、夫の差し出したチョコレートをつまむ。どちらもひとつずつ口にして、テレビ画面から流れる映画を見つめた。
熱くて安い味のコーヒーと、少し高いチョコレート。会話はないまま、けれど気まずくもなく、静かに終わってゆく映画と共に、一日も終わっていく。
(しずかだなあ……)
はしゃいだ空気も甘い空気も減ったけれど、互いの間に流れる空気は澄んでいる。淡々と、ただ淡々と過ぎる時間。
「俺風呂貰ってくる」
「あ、うん、わかそうか?」
「それくらい自分でするよ」
「そう? ありがとう」
「コーヒーごちそうさま」
「ん」
部屋から夫が出ていくと、部屋の空気はすっと冷める。互いが空気のようなもの、とはよく言ったものだ。
仕事を片付け、部屋の電気を消し、子供の寝ている寝室へと足を向けた。枕元のスタンドライトを点けて本を読んでいると、風呂から戻った夫が布団に潜り込む。あたたかい足を絡めて、互いに少しだけ微笑む。
スタンドライトを消して、軽くくちづけ、
「――おやすみ奥さん」
「おやすみなさい、旦那様」
一緒に、眠る。
静かな日々を
まもるもの
一日の終わり、
インスタントコーヒーとチョコレート、
互いの身体のぬくもりと、子供の寝顔、
そういう、静かで確かな、
ささやかでも消えない、しあわせ。
100208
一周年記念、りゅうこうめいさまへ!
お題:夫婦もの
こんなんで、いかがでしょうか…。
書き直しが必要でしたらいつでもお申し付けくださいまし…。
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