present for you 桜の隙間 2 「……いてもいなくても構わない彼女ならひとりふたり」 「おまえイヤな奴だな」 「すいません」 ブルーシートに先に着いた亜也子が笑う声がする。からかわれ慣れている彼女は上手に笑って、からかいも嫌味もかわしてしまう。その鮮やかさを、春臣は憎らしく思う。 「……じゃあ、好きな奴いんの」 倉見がまた、問いかける。鮮やかなかわし方ができない春臣は、黙り通すことも出来ずに、答えることしか出来ない。 「いますよ」 「……目の前に?」 「倉見さんを?」 「なんでやねんっ、ふざけんな」 「……すいません」 先刻の亜也子の「なんでやねん」の出どころはここだな、と思いつつ、春臣は小さく謝罪する。やはりうまくはかわせないらしい。それでも、倉見はこのやりとりで満足したのか、それ以上は訊こうという気はないようだった。春臣は反撃に出ることにした。 「倉見さんは結婚しないんですか」 倉見は一瞬、厳しい瞳で春臣を見た。けれど春臣が動じなかったのを見て取ったのか、彼も真面目に答えた。 「したいと思った人もいるし、結納寸前までいったこともあったけど」 よいしょ、と倉見はアンプを持ち直す。 「結婚したら音楽やめるのよねって訊かれて」 「訊かれて?」 「即答出来なくて」 「出来ないですよね」 「だよなー、で、俺は音楽じゃなくて結婚を諦めた、で、今に至る」 春臣は、反撃を考えた自分を責めたい気分になっていた。けれど、今更だった。 「説得しようとか思わなかった?」 「いやー、そんなの化かし合いでしょ」 「ああ……じゃあ、他の人を探すとか」 「理解のある人を探すとか?」 「そうです」 「そんなエネルギーはもうなくなってたよ、結局、俺は結婚には向かないんだって思ったからな、あの時にさ」 下まで降りきると、倉見はアンプをそっとブルーシートの上に降ろした。春臣が礼を述べると、倉見は小さく手招きをしてから、春臣にそっと、小さな声で告げた。 「だから俺は、他人様のハッピーエンドが見たいんだよ。音楽ばっかりやってる音楽馬鹿が幸せになるところをさ」 春臣は少しだけ笑って、そして、亜也子を見た。オヤジたちの中で華やかに、けれど媚びるでもなく笑い、歌い、急ピッチで酒を飲んでいる、少し年上の女を。 [*前へ][次へ#] [戻る] |