present for you 桜の隙間 1 桜の花弁の隙間から見えた空は、優しい青と、眩しい白。 目の上にてのひらをかざして、眩しい光から目を守りながら、彼女は微笑む。 帽子が嫌いだという彼女の帽子をかぶった姿を、確かに見たことはない。春臣は静かに、亜也子の後ろを歩いていく。 亜也子は、新しくレパートリーに加えようとしているらしい歌を、やわやわといい加減な英語で歌っている。それにこっそりと心の中で訂正を加えつつ、春臣はギターコードを頭に浮かべる。 「ハル、亜也子ちゃん、こっちこっち!」 高田が元気に呼びかける。桜が咲き誇る堤防の下、小さな公園に陣取るブルーシートの上に所狭しと並ぶのは、楽器とPA、料理に酒に音楽好きなオヤジたち。 亜也子は高田たちに手をふりかえした後で、春臣の方を振り返る。 「ねー、なんか妙に風流だよね。絶対むさくるしい風景なのにさ」 「……楽器と料理と酒、そして音楽好きなオヤジたち……」 春臣が静かな口調でそう言うと、亜也子はあははは、と元気よく笑った。 「やだハル、そんなテレビとかありそうだよ」 「テレビっすかー? じゃあ……、そして次々起こる怪事件」 「は?」 「犯人は亜也子さん」 「なんでやねんっ」 「……似合わないよ亜也子さん」 「わかってるわよ、うっさいなー」 先を歩いていた亜也子は立ち止まり、春臣を待っているようだった。春臣は背中のギターと右手のアンプを持ち直し、亜也子の元へと急いだ。 「亜也子さん荷物軽いよね」 「だって楽器ないしね、ピアノは借りるんだ」 「こだわりとかないの?」 「ナイナイ。音が出れば何でもイイ。アンプ持とうか?」 「いいよ、足下ちゃんと見て降りてよ亜也子さん」 「そう?」 亜也子はかつん、と踵高めのローファーを鳴らして歩く。堤防から降りるときに転びでもしないかと春臣は気が気でない。 けれど案外すんなりとした足取りで、亜也子はさっさと堤防を降りていく。やっぱり持たせればよかった、と思っていると、倉見がすいすいと堤防の坂を登ってきた。 「持つよハル」 「あ、ありがとうございます」 倉見はアンプを春臣の手からさりげなく取り上げ、春臣の隣に並ぶ。 「ハルはさー、彼女いんの」 倉見は唐突に語り出す。春臣は多少面食らったが、真面目に答えることにした。 [次へ#] [戻る] |