present for you 夜の散歩道 1 深夜二時。 春めいてきたとは言え、まだしんとつめたい空気の方が優勢だ。うすく白い息を吐きながら家路を歩く。足取りは重かった。 夜遊びの後で家路につくのは少し淋しいものだ。どんなときでも。振られ気分となれば、尚更。 通らずには帰れない道の途中に、彼女の家はあった。ここから歩いて二分で俺の家。 互いに性別の意識すらない頃から行き来していたその距離は、年齢に比例して短いものになる。けれどかえって何かが遠ざかっていく感じがするから不思議だ。 別に仲が悪くなった訳ではない。高校も同じだし、朝会えば一緒に学校に行くし、帰りも会えば一緒に帰るくらいのことはする。けれど互いの部屋を行き来することはもう、なかった。 香恵(かえ)の部屋。 見上げた窓は、深夜だというのにまだ明るかった。足をとめる。 ぱたん、とスニーカーの底が鳴った。 静かな住宅街にその音はわずかに響いて、そして、溶けて消えた。 けれど、まるでそれが届いたかのように、窓の向こうの影が揺らめいた。 (――香恵) 息を殺して、その動きを見つめた。躊躇いがちにカーテンが開かれ、窓が開いた。 からからから、と静かな音が響く。ぎょっとしてからだをこわばらせる俺を、香恵はいとも簡単に見つけ出して、目を細めた。 「……なに笑ってんだ」 小さな声で言ったにも関わらず、静かな家並みにそれは響いた。香恵の耳にも届いたのか、手を振った。バイバイ、かと敏生が片腕を挙げてから歩きだそうとすると、香恵が慌てたように口にした。 「待って、今行くから」 聞き返す間もなく、香恵の部屋の窓は閉まる。階段を降りる足音がして、玄関のドアが開いた。 「さみぃぞ」 「大丈夫、上着着てきたから」 スウェットの黒いパンツに、ウィンドブレーカー。後者は敏生(としお)の着れなくなったおさがりだった。くっと笑って、門扉の前まで歩み寄った。 「まだ着てんだな」 「うん、便利だよ」 へへ、と笑って、香恵は玄関の鍵を閉める。門扉を開けて外へでてきた。 「敏生、散歩しない?」 「……俺今帰ってきたばっかなんだけど」 「だからさ、あと十五分くらい帰るの遅くなったっていいでしょ?」 「おまえなー……」 香恵の手にはしっかりと財布が握られている。俺は諦めてため息をつく。少し嬉しかったのも事実だ。 [次へ#] [戻る] |