present for you 数あるうちのヒトツだけ 2 懐かれた。 それが一番しっくりくる表現だった。 千円貸した日からこっち、高宮君は何かと桐谷さん桐谷さんと寄ってくる。心の目には、ぴんと立った耳と、ぶんぶんよく揺れる尻尾が見えるほど。 困ったな、が五割、ちょっと可愛いな、が三割、淡い期待、が二割。 困ったの内訳は、オフィスの同僚の目が気になる、と、高宮君が七歳も下、という二つ。 「桐谷さんっ」 朝、駐車場で車を降りたら、即座に高宮君の声がした。脱力。 「オハヨー高宮君」 「おはようございます!」 こっちは低血圧でまだ目が覚めきった気がしないのに、朝っぱらから元気な忠犬。 「今日ランチ行きませんか」 「ヤダ、私お弁当」 「じゃあ夜」 「残業待てって言うの? 彼女でもないのに」 ちょっと酷な言葉を吐いて、私は歩き出す。 オフィスまでは徒歩三分くらい。高宮君は当たり前みたいに隣を歩く。慣れたと言えば慣れた。 「じゃあ彼女になったら待ってくれるんですね」 「――は?」 何だその切り返しは。 私は呆気にとられて高宮君を見た。 何そのポジティブシンキング。 高宮君はにっこりと笑った。 「桐谷さん彼氏いるんですか」 「いないわよ」 「年下嫌いですか」 「少なくとも付き合ったことはないわね」 毒気を抜かれて、すらすらと本当のことを喋ってしまう。 「じゃあ試してみませんか」 高宮君がそんな風に口にする。 にこにこにこにこ、あんまり眩しく笑うもんだから。 「……今日楽しかったら考えてあげる」 私も、笑ってた。 忠犬高宮君は尚更眩しく笑って、約束ですよと囁いた。 朝一番の自動販売機でミルクティを買う。 「桐谷さーん!」 男子のロッカールームから出て来た高宮君にミルクティを投げて、軽く手を振ってオフィスへ。後ろからありがとうございますって声がして、ちょっぴり唇が緩む。 さあ仕事、と、パソコンの前に座って、打ち込み打ち込み。 そして、冴えてきた頭で考える。 数あるうちのひとつだけ選んだミルクティ。それは確かに贅沢なんだけど。 でも、現実問題、彼氏もいないし、モテてもないし。正直淋しいし、可愛いなとも思ってるし。他に誰もいないし。 先がどうなるかはわかんないにしても。 選択肢がないのもたまにはいいな、なんて思う私は、もう半分以上彼にオチてるのかもしれない。 100301 一周年フリーリクエスト、あまねさまへ! お題:数あるうちのヒトツだけ こんな感じで、いかがでしょうか…。 お題に逆らってますよね…すみません…。 [*前へ] [戻る] |