present for you
I'm not yours 1
付き合い始めて、三ヶ月が過ぎていた。長い夏休みをしずかに越えて、後期の授業が始まっていた。
「あれが今カノ?」
小声で話しているつもりですか、と奈津乃が尋ねたくなる。それほどに、それはあからさまな敵意を含んだ、はっきりとした声だった。
「……いつからだっけ」
「夏前?」
「あー……じゃあそろそろ?」
「続いた方だよね」
よけいなお世話です、と奈津乃は心の中で呟く。それから、自分が話題にされていることに全く気付きもしないでいる、隣人に目をやった。
(のんきに寝てるわね)
悠斗はいつも付き合う女と長続きしない。奈津乃絡みの理由が多かったものの、多分、それだけではなかった。
「じゃあ……狙い目かなぁ」
「あー、かもねー」
基本的に悠斗が飽きっぽいだけのことなのだ。
(追い求められるだけの恋愛)
(楽で、幸せで、与えられるだけの)
自分で望んだものではないから、という、それだけの理由でもたらされる、「飽き」。
仲睦まじく歩くことが面倒になる。
優しい科白を囁くことが億劫になる。
最初は自分を甘やかせ、合わせてくれた女の子が、少しずつ図々しくなることに耐えられない。願望をぶつけられることが苦痛になる。
(みんな悠斗に、甘いから)
奈津乃はつめたく考える。否、つめたく突き放してしまいたくても出来ずにいた。
(……同じ穴のムジナ、よね)
小さく自嘲の笑みを浮かべ、奈津乃は黒板の文字をノートにうつした。大教室の文字は見にくい。目を細めるようにして、なんとか文字を読み取る。
授業の終わりを告げるチャイムに、壇上の准教授はふと声を途切れさせる。なり終えたチャイムの余韻の中に、また次回、とぼんやり彼の声がした気がした。
「……なつのー、」
てきぱきと教室からいなくなる学生たちの中で、やっとむくりと起き上がった悠斗が奈津乃を呼ぶ。舌足らずな響きがひどく悠斗を幼く見せた。
「おはよう」
にっこりと笑って、奈津乃は続ける。
「素敵な目覚ましね」
「……ノート、あとで……」
「見せると思う?」
「……」
情けない顔で沈黙した悠斗を放ったまま、奈津乃はすっと立ち上がる。教室には既にあまり人がいなかった。
「帰るよ私」
「待てよ、俺も帰るって」
「そ?」
慌てて机の上を片付ける悠斗をやはり放って、奈津乃は歩き出した。
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