present for you I'm not yours 2 ――幸福だと、思っていた。 振り返りもせず、奈津乃はぼんやりと想いを馳せる。 ――腕の中で呼ばれる自分の名前があまりに甘くて、 「奈津乃、っ……」 名前を呼ぶ声がひどく艶めいていて、その幸福さに目眩がした。 (離れたくない) 縋るように伸ばした腕が悠斗に届いた瞬間のあの愛しさを、 (失えない) 呼んだ声に答えるように悠斗の呼んだ奈津乃、の響きの甘やかさを、 (――どうしよう、怖い……) 幸福なのだと、思っていた。 ……思えば思うほど、どうしたらいいのかわからなくなる。 (縋りたい) 縋っても離れたくない。 そう思えば思うほど、悠斗のすべてが怖かった。悠斗を失うことが、怖かった。 (――だから、) 悠斗の足音が近くなるのを、振り返らない背中のままで奈津乃は感じる。 「奈津乃ー、普通置いて行かねーだろ」 不満げな声とともに、自分の指をとらえようと伸ばされた悠斗の指を、奈津乃はぴしりと払いのけた。 (――だから、悠斗、) 振り返った奈津乃に向けて、悠斗の指がもう一度伸ばされかけ、結局、やめる。その怯えた子供のような動作に、奈津乃はちくりと胸が痛んだが、抑え込んで微笑した。 「……なんで」 悠斗の小さな呟きに、奈津乃はくすりと笑ったあとでまた前を向いて歩き出す。ちくりちくりと痛む胸を、まるで無視して。 (ごめんね悠斗、) (私は、……私は、) 奈津乃は足を早めた。悠斗はそれでも隣に並んだ。 ふてくされた顔の悠斗の髪を撫で、奈津乃はまた微笑する。悠斗はまた、なんで、と呟くように尋ねた。 「……飽きるから」 奈津乃はあえて、誰が、とは言わなかった。悠斗の顔が一瞬かたまる。奈津乃はくすくすと笑って、付け足す。 「あんたが、よ」 ほっと息をついた悠斗が、それから苦い顔で笑う。 「信用ねーなー……」 「あたりまえでしょ?」 「大丈夫なのになー……今度は自信あるし俺」 割と真剣な顔で口にされた悠斗の科白に、ふわりと気分が浮かれた。けれどそれも顔には出さずに、奈津乃は肩を竦めて答える。 「だといいけど」 「ほんとに信用してねぇよな、おまえ……」 情けない響きで悠斗が呟く。奈津乃はまた、くすり、と、笑った。悠斗がつられて情けなく笑う。 (ごめんね悠斗、) (わたしは、) (あんたのものには、ならない) [*前へ][次へ#] [戻る] |