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大学生と講師のシリーズ


 松下は早智子に向けてすいと左手を伸ばすと、早智子の右肩の鞄を手にとった。そのままさらりと背を向けて、松下は歩き出す。あまりに自然になされたそれに、早智子は一瞬、出遅れた。
 三歩、軽く駆け、早智子は松下に追いつくと、松下の右の袖口を左手でひょいとつまんだ。松下は不意をつかれたのか、立ち止まった。

「歩くの、はやいです」

 早智子がそう告げると、松下は意地悪そうな笑みを浮かべ、早智子の左手をひょいと右手で掴みなおした。

「……え、あの……?」

 早智子は一気に顔が紅潮していくのを自覚した。松下はまた、微笑む。得意げにも、悪戯をした子供にも見えるような、自信ありげな、笑い方。けれど松下は、早智子の顔色の変化に頓着することなく、そのまま、彼女の手を引いて歩き出した。
 つられて歩き出す早智子の歩調に合わせてか、今度は松下もゆっくりと歩く。

「はやく歩きすぎないように、きみが調節してください」

 松下はそう言いながら、早智子をちらりと見た。早智子は、小さく、小さく、はい、と答えた。恥ずかしいくらいに、顔があつい。胸が痛いほど、高鳴っていて、うるさかった。松下はまた、微笑む。
 今度は、本当に本当に優しい、笑顔で。

 早智子はやっと、松下の手を握り返した。つよく、けれど、大切に。すると、松下もまた、少しだけ握り返してくれた。
 早智子は、ひとつだけ、気になったことを口にする。

「……先生、」
「何ですか」
「誰かに見られたら、どうするんですか」

 この駅なら、学校の関係者に見られても不思議はなかった。噂になったり、問題にされたり、別に構わないが、面白くもない事態ではあった。
 松下にとっては、進退問題になったりしないのだろうか。そういうのは高校で卒業なのだろうか。
 けれど松下は、さらりと言った。

「僕は構いませんよ」

 お互いの視線がそっとそっと、絡み合った。
 松下が、また意地の悪そうな、けれど早智子が一番好きな笑い方をして、付け足した。

「せっかくホワイトデイなんだから、これくらいの役得がないとね」

 早智子はまた、顔があつくなってくるのを感じていた。

「……先生、余裕あって、羨ましい」
「それなりに大人ですから」
「先生、それ、私嫉妬しそうです」
「嘘、深読みしすぎだよ」

 松下は声をたてて笑うと、今までただつないでいた手を、恋人つなぎに組み替えた。早智子が抵抗する間も、なく。
 お互いのゆびとゆびとが絡まって、逃げることをゆるさない。

(こんなの)
(好きだって)
(言ったようなものだよ)
(先生、)

 けれどそれでも、
 どちらも好きとは言わない。
 早智子の頭の中で、あと一年、という言葉が、まわっていた。



20090314
ホワイトデイ記念小説
……って、あーもうどこがホワイトデイなの!
全然ホワイトデイじゃない……!!
甘味が足りない……!
悔しい……。




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