大学生と講師のシリーズ 6 松下は早智子に向けてすいと左手を伸ばすと、早智子の右肩の鞄を手にとった。そのままさらりと背を向けて、松下は歩き出す。あまりに自然になされたそれに、早智子は一瞬、出遅れた。 三歩、軽く駆け、早智子は松下に追いつくと、松下の右の袖口を左手でひょいとつまんだ。松下は不意をつかれたのか、立ち止まった。 「歩くの、はやいです」 早智子がそう告げると、松下は意地悪そうな笑みを浮かべ、早智子の左手をひょいと右手で掴みなおした。 「……え、あの……?」 早智子は一気に顔が紅潮していくのを自覚した。松下はまた、微笑む。得意げにも、悪戯をした子供にも見えるような、自信ありげな、笑い方。けれど松下は、早智子の顔色の変化に頓着することなく、そのまま、彼女の手を引いて歩き出した。 つられて歩き出す早智子の歩調に合わせてか、今度は松下もゆっくりと歩く。 「はやく歩きすぎないように、きみが調節してください」 松下はそう言いながら、早智子をちらりと見た。早智子は、小さく、小さく、はい、と答えた。恥ずかしいくらいに、顔があつい。胸が痛いほど、高鳴っていて、うるさかった。松下はまた、微笑む。 今度は、本当に本当に優しい、笑顔で。 早智子はやっと、松下の手を握り返した。つよく、けれど、大切に。すると、松下もまた、少しだけ握り返してくれた。 早智子は、ひとつだけ、気になったことを口にする。 「……先生、」 「何ですか」 「誰かに見られたら、どうするんですか」 この駅なら、学校の関係者に見られても不思議はなかった。噂になったり、問題にされたり、別に構わないが、面白くもない事態ではあった。 松下にとっては、進退問題になったりしないのだろうか。そういうのは高校で卒業なのだろうか。 けれど松下は、さらりと言った。 「僕は構いませんよ」 お互いの視線がそっとそっと、絡み合った。 松下が、また意地の悪そうな、けれど早智子が一番好きな笑い方をして、付け足した。 「せっかくホワイトデイなんだから、これくらいの役得がないとね」 早智子はまた、顔があつくなってくるのを感じていた。 「……先生、余裕あって、羨ましい」 「それなりに大人ですから」 「先生、それ、私嫉妬しそうです」 「嘘、深読みしすぎだよ」 松下は声をたてて笑うと、今までただつないでいた手を、恋人つなぎに組み替えた。早智子が抵抗する間も、なく。 お互いのゆびとゆびとが絡まって、逃げることをゆるさない。 (こんなの) (好きだって) (言ったようなものだよ) (先生、) けれどそれでも、 どちらも好きとは言わない。 早智子の頭の中で、あと一年、という言葉が、まわっていた。 20090314 ホワイトデイ記念小説 ……って、あーもうどこがホワイトデイなの! 全然ホワイトデイじゃない……!! 甘味が足りない……! 悔しい……。 [*前へ] |