大学生と講師のシリーズ
二人分のコーヒー(4年6月) 3
「今更そういう嘘でごまかすの?」
中村も静かな口調で訊ねる。早智子は一度お湯を注ぐのをやめて、ポットを調理器に戻した。
「ごまかしてなんてないわ」
「馬鹿みたい、気付かれてないってホントに思ってる?」
早智子はくす、と笑う。ふわりと漂いはじめた慣れたコーヒーの香りに、少し落ち着きを取り戻した。ドリップが済み、フィルターに湯が残り少なくなるのを見て、早智子はまたゆっくりとポットの湯を注いだ。
「……私は、ただ、好きなだけ」
静かに、語りながら。
「一緒にいたいだけ。何の約束もしてない、気持ちを伝えてもない、まあ、バレてるでしょうけどね」
早智子はまた、ポットを調理器に戻し、中村を見た。
「本当よ」
しゅん、しゅん、と凛としたお湯の音、遠くから聞こえる話し声、笑い声。それくらいの音しかしない、静かな部屋の中で、中村が微かに笑った。小さく、鼻を鳴らすように。
「……、じゃあ何で、好きだって、言わないんです?」
歪めたくちびるのまま、中村が問う。
早智子は少しの間、返事をせずに待った。ポットを持ち、最後のお湯を差し入れる。静かに、ゆっくりと。
調理器の電源を切り、二人分のコーヒーで空になった、小さなポットをそこに戻す。下向きに伏せてあるカップをふたつ上向きにすると、ドリップが終わるのを待った。
「……先生と、学生だから」
静かに、ゆっくり、はっきりと、早智子はそれを口にした。
ぽたり、ぽたり、と、コーヒーが落ちる。それをじっと見つめながら。
「ただの大人同士ならとうに言ってる、でもここは学校で、先生と学生とがなあなあに好き合うことが正しいなんて思えない」
ぽ、た、
そんな風にゆっくりとコーヒーが落ちる。これ以上ドリップし続けると苦くなる。早智子はドリッパーを持ち上げ、手早くサーバーの中のコーヒーをカップに注いだ。それから、ドリッパーを戻す。
持ち上げている間にドリッパーから落ちた何滴かが、テーブルを汚す。手元にあるウェットティッシュでてばやくそれを拭いた。
「……どんなに好きでも、すごく好きで愛おしくても……、」
静かに、語りながら。
「今はまだ、踏み越えられないラインが、そこにあるから」
いれたてのコーヒーを、ひとつ彼女に手渡す。中村は黙ったままそれを受け取った。
「わたしは、言わないわ。……だから、あなたには、何も言えない。そんな資格、ない」
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