大学生と講師のシリーズ 3 「ああ、随分可愛いお茶請けですね」 松下はひょいと一粒取り上げると、それを口に含んだ。 「可愛いでしょう」 「可愛いです」 「松下先生、甘いもの平気でしたよね」 「はい、好きです」 そう言ってまた松下は皿に手を伸ばす。 ちょっと深鉢になっているその皿には、ハート型の小さなガトーショコラが三つと、ハート型の色とりどりのキスチョコがたっぶりと置かれていた。 「コーヒーには、チョコレートだなって」 「ああ、いいですね。僕にはない発想です」 「甘いもの好きなのに?」 「ひとりじゃなかなか、買えないよ男は…」 情けなさそうに呟いた松下の声音がおかしくて、ほんの少し早智子は笑った。 「じゃあまた買って来ます」 「ありがとう」 早智子もキスチョコをひとつ、口に含む。甘い味が口いっぱいに広がった。それからコーヒーを口に含む。 (今日がバレンタインだなんて) (気づいてないんだろうなぁ) ガトーショコラは昨日、早智子が焼いたものだ。テスト結果の発表が今日だとわかった時から、こうするつもりだった。 「来年の、卒論、三浦さんはどこを希望してるの」 松下の探るような視線が早智子を捉え、早智子は一瞬息も出来ないような気持ちになった。 早智子は彼のこういう視線が怖くて怖くて、ずっと、怖くてーー、けれどある日突然、それが何だか快感になっていることに気付いた。 厳しくても、意地が悪くても、彼はまっすぐで、そしてそれは、自分だけを、捉える、視線、だったから。 それに気付いた瞬間から、胸は高鳴った。 「松下先生を」 「そう。良かったよ、説得の手間が省けて」 「え?」 「他の人には預けたくないね、君を」 ずっと高鳴ってばかりの、胸。とどめの科白に、早智子は本当に、呼吸が出来なくなりそうだった。 [*前へ][次へ#] |