大学生と講師のシリーズ
いつかを待つパートナー(4年7月) 3
ひどい胸の音だった。息が苦しいほど。
車が走り出して初めて、早智子は信号が青くなったことに気付いた。
「コーヒー手渡して、二人で笑って、」
動揺する早智子とは裏腹に、美加の声はひどく静かだった。
「当たり前みたいに、二人で並んで歩いてった」
おそらく、頭の中で何度も何度もシュミレートしてあったのだろう。
「あんたたちは、駅には向かわなかった」
淡々と科白が読まれる朗読のようだ、と早智子は思う。それほどに美加の言葉には躊躇いも、つっかかりもなかった。
「手をつないだわけでもないし……、それ以上のことは何も知らない。けど、」
また、車が停まる。
「――けど……」
呟くように最後にそう口にして、美加が早智子をまっすぐに見た。早智子は息をのんだ。
ふっと美加がためいきをつく。そして多分、用意されていない科白を話し出した。
「……あんたは恋愛話をしない。私にも訊かなかった、だから私も訊かなかった」
早智子はただ、待った。美加の話がどこに行き着くのかを。
「そういう話、嫌いなんだろうと思ってた。ただそう思って……、けど早智子、なんか、わかった」
それから決めようと思った。騙し通そうか、認めてしまおうかを。
「……言えないんだ、あんた、」
呟くような声とは対照的に、美加の視線は早智子がたじろぐくらいに強かった。
早智子は美加には気付かれないように、そっと深呼吸をして、息を整えた。
「――ねぇ、松下が、好き?」
けれど早智子が覚悟するよりも、答えを準備して身構えるより先に美加から投げられた言葉は、ただ、一言だった。
考えがまとまるよりも先に、早智子は小さく、頷いていた。茶化して時間を稼ぐことも出来なかった。
相手が美加でなければ、絶対に有り得なかった、返答だった。それだけは、確かだった。
「うん……」
早智子はぎこちなく笑う自分を自覚していた。けれど、笑った。
「うん、好き、だよ……」
早智子は静かに、口にした。まだ、誰にも言ったことのない、その想いを。
「そっか……」
美加は、ただそう呟き、早智子を見た。
「うん……、そうなの、」
驚いているようには見えない美加の呟きに、早智子は、そんな風に答えた。
「……うん、そっか」
[*前へ][次へ#]
無料HPエムペ!