大学生と講師のシリーズ いつかを待つパートナー(4年7月) 2 「自分のじゃなくてもさ、車、乗るでしょ」 その言葉に、早智子はにっこりと笑う。美加らしくないまわりくどさのせいもあって、質問の意図は読み取れたけれど、早智子は敢えて質問で返した。 「……何が聞きたいの?」 早智子の科白に、美加はそのまま、少し黙る。早智子は美加から視線をはずし、何とはなしに外を見ていた。 「早智子、」 信号でとまると、そう呼び掛けられた。早智子が振り返った目線の先の美加は、ひどく真剣な顔をしていた。 「……私さー、あんたのバイトしてる店に、コーヒー買いに行ったことがあるの」 静かに美加が話し出すのを、早智子もまた、黙って聞いた。 けれど、早智子が記憶している限り、美加は店に来ていない。続きを待った。 「終わり際を狙って行ったのよ、終わったらそのまま拉致ろうと思って」 「拉致って」 「カラオケ。女っ気がなかったから、誰か呼べって言われて」 「ああ……」 くす、と早智子は笑う。 「煙草吸う彼氏と?」 「あーそう、そうですよ。その友達とか来てて。女紹介しろってうるせー奴らなの」 「へえ……どんな人?」 「うん、そのうち会わせるけど……、あー、いや今その話じゃなくてさ!」 勢いで話題にのってしまった美加がふと真顔に戻る。早智子はまたくちびるを歪めるだけで笑う。 「あんたが店を出てくるのも見たよ。一足違いでからかい損ねたと思って、悔しかった」 からかい損ねたんだ、と早智子は茶化そうとした。けれど今度は、美加も話をそらさせはしなかった。静かなままの声音で、続けた。 「声をかけようと思った。帰り送るから、うちに泊めてあげるからカラオケ行こうって」 少しずつ自分の心音が早まって行くのを、早智子は感じていた。 「でも出来なかった。――何でか、わかる?」 車がゆっくりとスピードを落として停まる。赤信号だった。早智子は、美加のまっすぐ前を見ている横顔から、視線をそらすことができずにいた。 (……見てたんだ、ね) わかるかとかけられた問いに早智子は答えなかった。美加も答えを待ちはしなかった。 「松下が、いた。店の外に」 どくり、と、ひどく大きな心音を、早智子は耳の中で聞いた。 「当たり前みたいにあんたはコーヒー二つ持ってた」 美加の横顔も声も、笑うでも怒るでもなく、ただ静かだった。能面のような無表情で、静かに言葉だけが紡がれた。 [*前へ][次へ#] |