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大学生と講師のシリーズ
諸刃の剣でも(4年7月) 8

 中村は顔色も変えずにそれを聞いた。そして、松下から目を反らす。泣き出すかと思ったが、それはなかった。

「帰ります」

 吐き捨てるように口にされたそれに、答える間もない内に、中村は松下の横をすり抜けた。ドアが閉まるまで身動きせずにいた松下が、ふと本棚を見やる。

(――返されてない)

 中村が来る前と、本棚は何ひとつ変わっていなかった。彼女が何の本を借りているのか、松下は覚えていない。けれど何ひとつ変わっていない、それだけは確かだった。
 それはよくあることだった。早智子がメモをはりだし、他の人がそれに倣う前は、何を誰が持っているのか、まるでわかりはしなかった。今までに何冊の本がなくなったかももう、わからない。
 まあいい、と、松下はまたパソコンの前に座る。慣れていた、とも言えた。
 レポート提出の学生がまだ来るかも知れない、と、名簿をみやる。あと二、三人の未提出者の名前を頭に叩き込み、パソコンの画面に目をやる。続きを書くために、今までの部分を見直そうとしかけたその時、始業のチャイムが鳴った。
 余韻を残して消えていくそれに、松下は小さく嘆息する。
 ぼんやりと早智子の背中が思い出された。振り返りもしない背中が。

(――私を帰せば、)

 そう言った中村の言葉がふと頭の中に響く。

(まるで諸刃の剣だ)

 自虐的で何も隠さない分、相手に響く。
 相手に響く分、鋭すぎる刃で自分も切っているようだった。

(それでも彼女は、)

 松下は、またコーヒーをいれるために立ち上がった。これ以上、考えるべきだとは思えなかった。
 ――失われた集中力は、すぐには取り戻せそうになかった。


091027




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