大学生と講師のシリーズ
未発展な未来(4年7月) 4
手をつないでも、言葉にされても、ただ夢のようだった松下の「好き」が、指の震えでひどくリアルな、生身のものとして実感された。
早智子はひとつ深呼吸をしてから、松下に向けて笑いかけた。今度は無理にではなく。
(離れたくないけど、)
(……離れたく、ないから、)
今更かと思いながら、早智子は最初の問いかけに答えようとした。
「先生、私、今までのままで、……ほんの少し特別な、今のままで、ずっと、待っていたいです」
付き合うことの意味はない、一歩踏み出したところで変えられることなどほとんどない、
「……もう、一歩踏み出したあとで、何を言ってるのかって、思います?」
叶えるべきじゃない恋だと悩んでも、それでも、
「でも……ひとつ叶えばまた欲が出る、連絡がとれるようになれば連絡してしまうし、」
それでも、踏み出したかったのは、互いを失うことがこわかったからだ。
「甘えだしたら、甘えてしまうから」
それなら、何ひとつ変わらなくても、付き合うことの意味などなくても、失わずにいることはできるはずだった。
「近付いていくのは嬉しいけれど、隠しきれなくなってしまうと思うから、だから……、」
早智子はそこまで一息に告げる。松下は黙って、聞いていた。その視線は確かに早智子を見ていたけれど、頷きもせず、かといって、否と示すわけでもなく。表情からは、早智子の言葉をどう思っているのか、読み取れなかった。
(間違いでも、)
(叶えるべきじゃなくても、)
(手は、離さないで)
けれど早智子は、先生は、と尋ねることをしなかった。
つなぎあった松下の手に、わずかなちからがこもるのが、早智子にはよく、わかったから。
「……ありがとう」
静かに松下が告げる。
「そうするべきなのは、わかってた。こちらから言うべきだったとも思います」
「……先生は、優しいから」
「狡いって言うんですよ、こういうのは」
ふふ、とわずかに早智子が笑う。松下も少し笑った。
そしてどちらからともなく視線が絡む。やわらかに笑った瞳で、互い見つめ合う。静かに時間は過ぎた。
ピポン、とパソコンの電子音が短く鳴り、メールの到着を告げる。それを契機に、松下が視線を外し、パソコンの画面に目をやる。
早智子の手をずっと包んでいた松下の右手がするりと離れ、マウスへと伸びた。かちり、とクリック音が聞こえる。
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