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企画小説
Moonless stroll 1

 聖美の左手につないだ小さな柔らかな手は、彼女の手をぎゅうと握って離さない。聖美もそれを強すぎないちからで握り返した。
 聖美のローファのヒールがかつりと音をたてる。けれど、小さなスニーカーの足元では、枯れた草を踏みしめる音がする。さくり、さくりと。無言の歩みの内に、娘はその感触に楽しみを覚え始めているらしい。

「……綺麗な音、するね」

 そう話しかけると、娘はうん、と頷く。ひどく嬉しそうに笑う娘に、好きなだけ踏んでおいでと聖美はその手を離す。認められた、と思うのか、踏みしめる足音はスピードを増した。
 ――肌寒い、夜だった。
 真冬には程遠いはずなのに、からだの芯から冷えてしまいそうな夜だった。
 聖美は静かに空を見上げる。月も星もない淀んだ空が、目の前に広がっていた。
 娘がつられて空を見上げ、枯れ草を踏んでいた足がとまる。 

「……おつきさま、みえないね」

 月が好きな娘は、小さく、残念そうに呟く。うん、と聖美は答えて、ひどくあたたかな手を引いて先を促す。再びゆっくりとふたりで歩き出した。

「今日は、隠れてるね」
「さみしいねえ」

 その言葉に、聖美は一瞬、どう答えていいのかわからなくなった。けれど娘は聖美を見上げて、ねえ、と同意を求める。頑是なく。だから聖美も微笑んだ。

「そうね、淋しいね」

 微笑んで発したつもりの声が思ったよりも暗くなり、また互いの間に沈黙が落ちた。草を踏みしめる音と、ヒールの音だけがそこに横たわった。
 街灯と街灯の間は離れていて、ひどく薄暗い。街灯と言っても、申し訳程度に裸電球がぶらさがっているだけのところもあるのが実情だった。道の端にある溝はふたもされていないため、落ちれば危ない。けれど悲しいかな、聖美も娘もこの道を歩くことに慣れている。懐中電灯もなしに、二人はするするとこの道を歩いた。

「つかれた?」

 沈黙に耐えかねて、聖美が尋ねる。娘ははっと顔を上げて笑う。

「ううん」

 その仕草に、聖美はひどく悲しくなる。

「ねむい?」
「まだねむくない」
「うん、ねむくなったら、言ってね」

 もこもこに着膨れた娘は、鼻歌交じりに歩き出す。聖美は心のうちで静かに思うのだ。

(……ごめんね)

 こんな、暗い田舎の夜道を、幼い子供と散歩するなんて、正気の沙汰ではないと聖美自身もわかっていた。けれど。



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あきゅろす。
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