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企画小説
涙で閉じ込められる(0905) 1

 奈津乃の泣き顔が見たい。
 嫉妬している顔が、傷付いた顔が、見たい。
 それを見る度、悠斗は安心する。

(大丈夫、)
(奈津乃だけは、)
(どこにもいかない)
(いかせない)

 けれどいつからか、奈津乃は表情を揺らすことがなくなった。
 涙も嫉妬も傷みも、悠斗には見えない。
 見えなくなった。
 そのことに焦りだした悠斗が奈津乃に投げた「付き合おう」の言葉は、打ち捨てられ踏みしだかれ、突き返された。
 それでもまだ、奈津乃は傍にいる。
 それが、悠斗には、不思議だった。

「……奈津乃、」

 他に誰もいない図書館の地下書庫は、ひどく淫靡な気配がした。薄暗くてつめたく、息苦しいその場所に、奈津乃は慣れた様子で足を踏み入れる。
 ふわふわと揺れる、茶色い短い髪と、オフショルダーの黒いシャツから覗く白い首筋が艶めかしくて、悠斗は思わず指を伸ばしかける。

「……奈津乃」

 一度は無視された背中に、再び静かに呼びかけ、悠斗はその首筋に、肩に、手を伸ばす。気配で察したのか、奈津乃が振り向き、触れるよりも前に、びしりとその手を払いのけた。そしてまた、背中を向ける。

「……サカるな、馬鹿」

 背中越しに冷たく言い放たれた言葉に、悠斗はへらへらした声でさっさと謝罪の言葉を告げる。

「すいませーん」
「……」

 奈津乃の指が本の背表紙に伸び、取り出すと、ぺらぺらと音をたててページをめくった。俯き加減になり、ますます首筋が目立つ。けれど悠斗は、引き際を知っているからもう同じことはしない。目をそらして、黙って待った。
 奈津乃は無言のまま、三冊か四冊か、同じ仕草を繰り返していたが、やがてすっと二冊取り出すと、それを左腕で抱えて歩き出した。

「……普通置いてかないだろ……」

 悠斗の独り言も狭い空間に響き、そして余韻だけを残して消えていった。奈津乃の背中を見ながら、また三歩ほどの距離をおいて、後ろに従った。

「連れてきたわけじゃないもの」

 身も蓋もない奈津乃の返答に、うう、と悠斗は唸り声だけを返す。顔は笑っていた。ただ、声だけを唸らせた。……つまりは、唸っているふりを。
 背中越しにふっと奈津乃が笑う気配を感じ、悠斗はほっとする。本気で邪魔にされているわけではないらしかった。
 カウンター奥のエレベーターからしか入れないこの書庫は、許可さえとれば誰でも簡単に入れる。薄暗いとは言え、中に調べもの用に机も椅子も、蔵書検索のパソコンもある。だが実際にここまで入って資料を探す学生は少ない。その静かさが気に入ったらしい奈津乃は、堂々と机を占領していた。




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