企画小説
祈りの、うた 3
「亜也子ちゃん、この間メールした新譜、買った?」
「買わなかった、レンタル待ち。え、倉見さん買ったの? どうだった?」
「俺は買わなかったけど、今高田さんから借りたから、また感想メールする」
「ラジャっす」
ミニスカートに生足、黒いショートブーツ。亜也子は女であることを変に隠すような格好もしないし、女であることを見せつけても恥じない。その代わり、媚びもしない。武器にもしない。
準備も片付けも、アンプや楽器運びなどの力仕事も、男たちと変わらずにするし、ここでは奢って貰うこともしない。
それが、男の集団に足を踏み入れる女の最低限の礼儀だと、亜也子は心していた。
「こんばんは、俊(しゅん)さん」
もう1人、黙々と準備をする男に、亜也子は声をかけた。準備の手は止めずに。
「こんばんは、亜也ちゃん」
にっこりと人好きのする笑みを浮かべて、俊さん、と呼ばれた男はそう返事をする。先の2人より、10歳ほど若い彼は、倉見俊輔(くらみしゅんすけ)と言った。ドラムのセッティングをしている倉見の親戚で、その倉見と区別するために、みんなは彼を「俊」と呼んでいた。
俊輔は、この集まりの中では亜也子の次に若いメンバーだった。
自然と仲良くはなったものの、特別、他で会ったりするほどの中ではなかった。
(いつもの、場所で)
(いつもの、仲間と)
亜也子は、俊輔の特別になることを望むには、ここを気に入りすぎていた。
この店を、仲間を、音楽を。
「俊さん先月来なかったですね」
「うん、俺今忙しくて」
「そうなんだ」
「うん、今日も8時過ぎには帰らなきゃいけないんで」
「あら、つまんない」
3か月前まで、この会が終わるとこの4人でそのまま夜中のファミレスやカラオケに行くのが常だった。
けれど3か月前ーー、12月の集会のあと、俊輔は片付けだけは最後まで付き合ったが、片付けが終わると、逃げるかのように素早く、帰って行った。
確かに、約束していたわけではない。ここに第3金曜日に集まることすらも、約束された確かなものではないのだ。
けれど、ただ、好きだから。
ただ、ここが好きで、ここで流れる音楽が好きで、ここに集まるみんなが好きで。
そうして出来上がった暗黙の了解。
約束よりもつよい、絆めいた、何か。
だからこそ、ここにこうして、集まっているはず。
だからこそ、一緒に楽しんできたはずだったのに。
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