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企画小説
祈りの、うた 2

 大した娯楽もないこの街にも、ひっそりと隠れ家的にライブハウスみたいなものはある。
 実際にはそこは喫茶店で、ライブ自体はマスターの好意でやらせてもらっている、と言った方がいい。
 ライブチャージと、ワンドリンク、一人当たり合わせて千円程度が必ずお店に払われるお金。場所を借りている代金としては安かった。代わりに、機材やPA、それにともなう人材などは、お店は全く面倒を見てはくれなかった。

 亜也子(あやこ)は24歳。それでも、その店の常連の中ではずば抜けて若かった。開店から20周年、当初からジャズやフォークのライブをやってきたこの店には、コアな常連客がついている。ピアニストからトランペッター、ドラマー、サックス奏者にギター弾き、ベーシストにボーカリストに、果てはバンジョー、ウクレレ、ピアニカ、箏の琴まで、とにかく各種楽器の演奏者が、初心者からプロまで一揃え。そしてただ、聴くのが好きな人。
 けれどどの人も、音楽には詳しかった。好きだった。音楽を好きな人には、気安い人達だった。

「いらっしゃい」

 扉を押し開くと、無愛想なマスターの挨拶が耳に入った。それに続いて、マスターよりは愛想のある、アルバイトの女の子の声も。

「コンバンハ」

 亜也子は軽く会釈してから、奥を指差す。マスターはわかってるよ、とでも言いたげに、ひとつ頷いただけだった。
 亜也子は奥に進む。とは言っても、特別広い店ではない。
 入り口から右側にはカウンター席が5席、4人掛けのテーブル席が3席。入り口の左側、すぐの場所に、一番広い、大きな楕円形のテーブルがあり、そこに6席。その奥からは3人から4人掛けの丸テーブルが5席。そして、ステージ。
 特別、ステージは一段高くなっているわけではない。ただそこにはグランドピアノとドラムセットがいつも置かれていて、今日はそれらの前に、マイクスタンドやらアンプやらが、まだ、雑然と置かれていた。

「お疲れ様っス!」

 亜也子は威勢良く挨拶する。雑然と置かれた楽器、PA、シールドの間を忙しなく動き回る3つの影に向かって。

「おー、亜也子ちゃん、来たな」
「来たよ、何から手伝う?」
「とりあえず、グランドピアノすぐ使えるように、フタ開けて、マイクで音拾えるようにセットしといて」
「シールドはー?」
「それはあとで俺やる」
「はーい」

 PAを一手に引き受けている高田、ドラムのセッティングをする倉見、この2人は先日四十路に突入した。2人とも、未婚。彼らは2人ともいいひとだし魅力もあるのだが、いかんせん、音楽が好き過ぎるのが、彼らの未婚の理由だろうと亜也子は思っていた。


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あきゅろす。
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