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企画小説
瞳の中の残像 2

 第三金曜日の午後二時、大学の授業が休講になり、亜也子(あやこ)は珍しく昼間からこの店に来た。
 今日は月に一度の飛び入り参加ライブの日で、亜也子はもとより授業が済んだらそのままこの店に来る予定だった。店に行く支度も全て済んでいた亜也子は、今更一度家に帰る気にもなれず、店への到着予定を早めたのだった。
 店でならピアノの練習も出来るし、レポートの清書でも、授業のレジュメ作成でも、読書でも、幾らでも時間の過ごしようはある。
 そう思って、亜也子は店に来た。

 からん、と頭上でカウベルが鳴り響いたが、店の中にマスターの姿は見えなかった。いつもなら大音量でかかっているジャズレコードの音も聴こえない。代わりに静かに生のギターの音と、か細く響く生の声が「フール・オン・ザ・ヒル」を奏でていた。
 何度か聴いたことのあるその声は、倉見俊輔(くらみしゅんすけ)のものだ。彼も今夜のライブの常連だった。
 亜也子が第三金曜日の飛び入り参加ライブ、通称「フリーダム」に通い始めて二年、最初は年若い彼女を珍しがっていた常連達も次第に慣れ、最近は普通に、仲間として付き合ってくれるようになった。
 亜也子以外の常連は、ほぼ20近く年齢の離れたオジサマ達。その中では俊輔は比較的若く見えた。
 俊輔の実年齢を、亜也子は知らない。ただ、仲間内で「俊」と名前を省略されて気安く呼ばれているから、きっと若いのだろうな、と思っただけのことだった。
 その程度の関係性。
 けれど、彼の歌声に一番詳しい女であることを、亜也子は疑いもしなかった。

 カウベルが鳴らないように、静かに静かに亜也子は店のドアを閉めた。
 高めのヒールが入ったローファーの足音を響かせないように気をつけながら、亜也子は、男性にしては高めのキーで歌う彼の姿を、亜也子は探す。
 探す、と言うよりは、確かめに行く、と言った方が正しいかもしれない。店の一番奥には、ステージをうまく観ることが出来ない、デッドエンドなスペースがある。それでも、ステージは近いし、音はうまく聴こえる席のため、「フリーダム」に集まる演奏者たちの中では、「楽屋」と呼ばれていた。
 楽器のケースを置いたり、次の演奏者がそこにスタンバイしたりーー、そんな雑多にごたつくそのスペースこそが、俊輔のお気に入りの場所だということを、亜也子は知っていた。


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あきゅろす。
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