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World Maker
戦場の華 U

 名前も教えてくれない美しい彼女からは、初めから敵意と殺意しか感じられなかった。

 鎧も脱がせたし剣帯もはずしちゃったけれど、それは彼女が眠っているその部屋にそのまま置いてあるから、それで殺されるかもしれないなあと思ったけれどどうでもよかった。
 あるいは自分は、そんな結末を期待していたのかもしれないけれど、どうやら彼女は身を起こすのもつらいらしくて、ベッドの横に立てかけてある剣を取る程度の動きもできないようで、だからとりあえず身体が治って体力が回復するまではおれを殺すのを保留してくれたらしい。

 彼女はおれが作ったスープをぎこちない仕草で飲んでくれたし、おれが割いたパンをゆっくりと咀嚼して食べてくれた。
 おれが同じ部屋にいる間は常に、じっとおれの動きを監視していて、寝ていながら、その視線はいつもおれを追っていた。
 その視線がおれは少し気持ちよくて。うれしくて。

 彼女に見られているというただそれだけのことに奇跡を感じた。

 彼女は人がいると眠れない質なのか、あるいはおれを警戒しているから寝ないのかわからないけれど、はじめのうちの、本当にけががひどかった十数日以後は、絶対に俺がいる時に寝ようとはしなかった。
 彼女の寝顔を見れないことはそれなりに残念だったけれど、それだけ彼女が回復したのだと思えば、それはとても喜ばしいことだった。
 彼女が回復すればするほどたぶんおれの死期は近づいているんだろうけど、でもそんなこと差し引く価値もないくらい些細なことだった。
 その時俺には喜びしかなかったから。

 彼女がいるという。
 彼女が生きているという。
 彼女が生きていくという。

 喜びしか、なかったから。
 おれは彼女と引き合わせてくれたことを神様にだってなんにだって感謝したかった。
 セピア色の人生に、鮮やかな深紅を差してくれたのは、他ならぬ彼女だったから。
 彼女のけがは、素人の俺が見ても生きていることが奇跡だと思うくらい酷かった。
 きちんと医者に診せたかったけど、おれにはそんな金なかったし、第一彼女は見ず知らずの男に体を触らせるのを酷く嫌がりそうだったので、おれはそんなこと提案もしなかった。
 彼女に見られるのは好きだけど、でもまるで折れた剣を見るような役に立たなくなった道具を見るようなそんな目で見られるのは耐えられなかったから。
 美しいものに拒絶されるというのはそれだけで死にたくなるから。

 おれが彼女を連れてきて数日。
 さらに彼女が目を覚ましてから数十日。

 彼女はスプーンも握れないほどに弱り切っていた。
 彼女はあまりに美しかったけれど。
 同時にあまりに無力だった。
 おれが、守らければ。
 そう、思った。
 この人を守る、という使命は世界を守ることよりも重い重圧をおれに与えた。

 それでも。
 それは確かな幸福だった。


(少年から見た鬼神は、ただ美しさの象徴)




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あきゅろす。
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