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World Maker
剣の象徴

 人を斬ることに躊躇はない。
 ただ、すこしの抵抗が刃を押しのけようとするのを、かすかに不快に思うだけだ。
 それは、まるで死を拒むように。
 見苦しく、振り下ろされた刀を拒絶しようとする。
 愚かだと、そう思う。

 死にたくないなら、剣なんか持たなければよかったのだ。
 
 自分の前になんか、立たなければよかったのだ。
 人を傷つける資格があるのは、人に傷つけられる覚悟がある奴だけだと。
 人を殺す資格があるのは、人に殺される覚悟がある奴だけだと。

 誰かが言い、どこかで聞いたその言葉に、彼女は深く同意する。
 生きる術がたとえほかになくとも。
 生きたい奴は剣なんて持ってはいけないのだ。

 それは死の免罪符。

 殺すことを主張し、殺されることを許容する証。
 だから。
 最後まで人らしく生きることを望んだ姉は、罪一つ犯すことなく、真っ正直に生き、飢えて死んだ。
 ごめんねと謝りながら。
 それでも彼女はおそらく後悔なんてしていなかった。
 それほどまでの強い意志を持って、彼女は犯罪を拒絶していた。
 気高く、潔い人だった。
 罪を犯すことを拒み。
 そして、愛してもいない男に身体を捧げることをも拒んだ。
 ごめんねと謝りながら。
 
 それでも彼女は己の意志を貫き通した。

 幼い妹一人を遺して逝くことだけを案じながら。
 最後まで、その意志が揺らぐことはなかった。
 気高く、潔い人だった。
 彼女には、眩しすぎて、手を伸ばすことすらできぬほど遠い存在だった。
 姉が逝くその顔に、浮かんだ笑みを見ながら。

 ぼんやりと彼女は剣を手に取った。

 生きる術はほかになく。
 生きる意志も、とくになかった。
 殺されてもいいから、剣を手に取った。
 どこでのたれ死んでもいいから、腕を磨いた。
 誰に恨まれてもいいから、殺して生きた。

 それだけだ。

 生きたその道に。生きてきたその道に、いつだって死が付き纏った。
 それでいいと思っていた。

 昨日、生きていたことが僥倖。
 今日、生きていることが奇跡。

 戻るあてのない断崖絶壁の一本道を、常に死とともに歩いてきた彼女にとっては。
 命乞いなんてもの、見苦しいだけだった。

 殺す覚悟も、殺される覚悟もないのなら。

 剣なんて、握るべきじゃなかったのだ。


(傭兵の生死観)








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あきゅろす。
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